床の拭き掃除をしていると先生方の食事も終わったので、私は食器を片付けに行った。
お二人の前で一礼して声をかける。
「こちら、片づけてよろしいでしょうか?」
先生は戸惑った顔になった。
「あ、ああ」
奉公に行った先で習った礼儀作法。間違ってないと思うんだけどな。
「あの、何かおかしいですか?」
「いや、驚いただけだ」
かちゃかちゃっと食器を重ねて持つ。
この辺で使われている食器は陶器の物が多い。この辺は粘土がたくさん出るから陶芸が盛んで、そこの失敗作がタダ同然で売られるからだ。
でも私たち庶民が使うのは無地のどこかしら欠けたりひびが入った食器。
先生が使っているのは無地だけど、どこも欠けたりしてない。洗う時はちゃんと気をつけないとね。
汲み置きの水で食器を洗って点検して、どこも片付いていることを確認すると、私は先生に声をかけた。
「本日はありがとうございました。これにて失礼させていただきますね」
「ちょっと待て。おまえの食事は?」
そう言ったのは、先生じゃなくてリオンさんだ。
先生たちが残した食事は、ちゃんと持った。これが、私の夕食になる。
私は驚きながらも答える。
「家に帰って食べます」
「別にここで食べればいいだろう?」
そこでリオンさんの肩を先生がつついた。
「家で父親が待っているんだろう」
「あ……そうか」
リオンさんはハッとした顔になる。
見れば見るほど美人だな、この人。
表情が変わるたび、こんな美人なひとが生きて息をしている人間だってことに小さな感動が走る。
つくりものめいて見えるくらい整った顔。でも表情が変わるたび、それが作り物じゃないということが証明される。その完成度にふわあっとなる。
西方人なのにそう感じるって、そうとうな美形だよね。同じ西方の人からみたら、ずば抜けた美形じゃないだろうか。
ま、先生の方がずっと素敵だけど。
「では、失礼させていただきますね」
私は両手を体の前で合わせて頭を下げたんだけれど……顔を上げると目の前にリオンさんがいた。
リオンさんは私よりもずっと背が高いので、首がかなり見上げる角度になった。
「送っていく。――ジョカ」
「はーい、戸締りしておく」
「行こう」
リオンさんは明かりを持って立ち上がった。
右手には剣。
この間も持っていたけど、私はぎょっとする。
帯剣する人なんて、私は身近にいたことがない。
「あ、あの……」
「夜道は危険だ」
そっけなく言う言葉に、とりあえず嫌われてはいないと知ってほっとする。
この間、私のとった行動は、彼の顔に泥を塗るものだ。
怒られても、嫌われても仕方がない。
でもやっぱり嫌われるより嫌われていないほうがいいに決まってて……、さっき謝っても心に響いてる様子はなかったから、心配だった。
リオンさんは私の目の前で剣帯を巻いて腰に剣を吊るし、左手で明かりを持って外へ出た。
剣……使えるのかな?
少し、意外だった。こんな綺麗なひとが。
この間お父さんを脅し付けた様子から、見た目よりずっと荒事に慣れている人だってことは感じていたけれど。
私は歩きながら尋ねる。
「剣が使えるんですか?」
「使える。が、過信するほどじゃない」
「過信するほどでは……?」
「何事も上には上がいる。達人と呼ばれる人は一人で何十人もの人間を倒せるが、そんな人でも戦場ではあっけなく運によって死んだ。人の生き死にはわからないものだ。ましてや私程度の腕では過信することすらできない」
すみません難しすぎて何を言っているのかわかりません。
とりあえず、えーと。
「もし襲われたら私は逃げ出して近くの民家に駆け込むのがいいでしょうか、それともリオンさんに任せておけばいいでしょうか」
「もちろん民家に駆け込むのが正しい」
「わかりました」
私は頷く。
まあ、そんな事ないと思うけどね。
リオンさんは見ての通り、普通以上の体格の男性で、しかも帯剣している。
私みたいなやせっぽちのいかにも貧乏そうな娘を狙ってリオンさんに襲い掛かる人間なんて、まずいないでしょ。
追いはぎは、一人歩きや酔っぱらいなんかの弱そうな相手を狙うもので、リオンさんみたいに見るからに強そうな相手を狙ったりしない。
歩きながら、場持たせに話しかける。
先生とこのリオンさん。「そういう」関係だってことは知っている。これで好奇心がうずかなかったら女じゃないでしょ!
「リオンさんは、先生とは長いお付き合いなんですか?」
「そうだな……非常に長い付き合いだ」
「先生が言ってました。リオンさんに迷惑かけられても逆に嬉しいって。長くお付き合いできる関係ってすてきですね」
そこでリオンさんは何故か嘆息した。
「ジョカの場合、庇護欲が強すぎるのが欠点だ……。私はいつまでも彼に庇護されないといけない子どもじゃないぞ」
私は、リオンさんを見上げた。
光に照らされたその横顔を。
先生の大切なひと。情夫というより、想い人というほうがしっくりくる。
私は、先生が全身全霊でこの人を愛していることを知っているから。
男同士だけれども、先生に愛されて先生を愛してその庇護下にいる人だ。
情夫といってもなよなよして男に媚びを売る様子は少しもない。
主人持ちの身だからというより、この人自身の性質だろう。
見上げるほど背も高いし、剣の心得もある。……あれ?
どうしてこの人、先生の情夫してるんだろう?
理由は目の前にある。
「先生は、リオンさんのことが心配でならないと思います」
「だから私は守られなければならないほど弱くない」
「え? だってあなた、西方人じゃないですか」
明るく言い切ると、リオンさんは、絶句したみたいだった。
「さっきリオンさんも言いましたよね。過信できるほど強くないって。先生だってそうです。西方人であるあなたへの風当たりは、あなたが思っているよりずっと強いですよ。難癖つけられてひどい目に遭う可能性がとても高いから、先生はあなたを傷つくのを見たくないんです」
先生は、しょせんは流民だ。
先生の顧客が広がっているから、普通の流民よりずっとできることが多いけれど、それでも流民だ。
そして、リオンさんは、流民の上に西方人だ。
「たとえリオンさんが同じ趣味の方に目を付けられてさらわれても、誰も助けてくれません。そして、リオンさんはとてもお綺麗です。男の方にこんなこと言うのは生まれて初めてですけど、とっても美人でいらっしゃいます」
私は少し、首を傾けた。
「口はばったいようですけど……その点について、リオンさんは自覚が足りないんじゃないでしょうか」
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