この温泉街は、湯治場として昔から各地の旅人を受け入れてきた。
富裕な財産家のなかにはそうした浴場の源泉から自宅に湯を引いている人もいるし、そうした別荘を貸し出している人もいる。温泉とともにこの街は発展してきた。
だから町のいたるところに温泉浴場があるし、湯治にきた異邦人やよそ者に対して比較的寛容な土地柄だ。
でもね――それでも、「西方人」であることが顔立ちや言葉から丸わかりのリオンさんへの風当たりはすごく強いと思う。
湯治に多くの人が立ち寄るこの街でも、西方人は滅多に見ない。
こんな田舎町に現在いる西方人は――たぶん、リオンさんひとりだ。
「『お客さん』への態度と、『自分の敵』への態度って、ぜんぜん違います。リオンさんはこれまでお客さんでした。町で買い物をして、お金を落としてくれる人でしかなかったんです」
「……」
「でも、リオンさんは働きたいと思っているんでしょう?」
リオンさんは眉を少しだけ寄せた。露骨に不機嫌な表情は作らないけれど、わかる。先生に怒っているんだ。
でもそれは濡れ衣だから、言っておく。
「先生が私に言ったんじゃないですよ。私が勝手に、そうじゃないかって思ってかまをかけただけです。そのようすだと、合ってたみたいですね」
リオンさんが働きたいと思っていることを、私は先生の言動から感じ取っていた。
「でも、リオンさんが働こうとしても、働き口を見つけるのは難しいですよ? 仮に働けても、リオンさんは他の労働者に対して安い賃金しか支払われないでしょう。だって、同じ給金なら誰でも言葉が通じる地元民を選びますもん。そうでしょう?」
リオンさんは、一瞬返答に窮した。
リオンさん自身、自分の国でそういう労働者を見てきたからだと思う。
なまりのない自国民と、言葉がなまっている他国民。
同じ給金なら、どっちを雇う?
答えはどこの国でも、たぶん同じだ。
「私は、ちゃんと言葉ができているつもりだが……」
「そうですけどなまりが結構あります。すみません、正直に言うと、そのなまりのせいで、耳を澄ませないと聞き取りづらいです」
意識を澄ませ、耳を彼の言葉に集中する。そうすれば聞き取れる。
音の発音や高低で、同じ音でも印象はひどくちがってくる。リオンさんの発音は、平準の発音とは違っていて、変。やっぱり地元民からすると聞き取りづらいんだ。
だから突然話しかけられたりすると、聞き取れない可能性が高い。
あらかじめ彼の言葉に意識の焦点を合わせていれば、たとえ頓狂な発音であっても類推して推理して頭の中で理解できる。
でもこの作業って、面倒なんだよね。
話しかけられてもその言葉が聞き取れないと、何度も何度も聞き返さないといけない。頭の中で組み立てる作業もいる。
でも地元民なら、そもそもその『推理して頭の中で組み立てる』作業がいらないんだ。
雇用主から見れば、どっちがいいだろう? 決まってるよね。
「それに――リオンさんが働くということは、リオンさんのせいでこの街の誰かが職を失うということです」
わざと強いことばを使った。
先生がリオンさんが働くことを快く思っていない……できれば働かないで欲しいと思っているってこと、私は何となく察していたから。
だって……ねえ?
リオンさんの「自分は男だ、扶養されたくない」っていう気持ちは大事だし、立派だと思うよ?
私の稼ぎを奪って酒を飲んで、しかも私に非難がましい目で見られるのがいやだ、だから売ってしまえ、ってなったお父さんの百倍立派。
でも、私、先生の考えもわかるんだ。
リオンさんは西方人で、しかもこれだけ綺麗なんだもの。
そりゃあ先生にしてみたら働いてほしくないでしょ。
そして、私の中でどっちに味方するかっていったら答えは決まってる。
だから、私は多少大げさに、でも嘘じゃないことをリオンさんに伝えた。
「リオンさんがお客さんだったときは親切にしてくれても、リオンさんが自分の仕事を奪おうとしている自分の敵となれば、人は手のひら返しますよ?」
返事がしばらくなかったので、そのあいだ私は黙々と足を動かした。
心の中でそっと謝る。
ごめんなさい、リオンさん。
でも、私はやっぱり先生の弟子なので、先生の意向の方がゆうせんなんです。
「ジョカに頼まれたのか?」
「先生はそんなこと頼むような人じゃありませんよ」
私は唇を尖らせる。
「先生は、何か言いたい事があるなら私を使って伝えるような卑怯な真似しません。リオンさんに直接言います。そういう人だって、リオンさんが一番良く知っているでしょう?」
「……」
「ただ、ちょっと思っただけです。私の立場でこういうこというのは厚かましいですけど……リオンさんて、自分が置かれている立場について、警戒心が足りないなって」
「忌避の目があるのは覚悟している。私は他の人間にくらべ、障害があるだろうことも」
私はますます首を傾げた。
リオンさんの言葉って……なんていうか、「軽い」。
わかっている、っていうけど、心に響かない。重さがないんだ。現実の重さが。
本を読んで、それでわかった気になっているような。
言葉の意味を表面だけでしか理解していない人のことばだ。
「リオンさんは、けんもほろろに他人に拒絶されたこと、あります? 門前払いをくらい、汚いものを見る様な目で見られたことは? それも自分にはどうしようもない、西方人ってことで」
一瞬、リオンさんは絶句した。
私はこれは駄目だと諦める。
――リオンさんは、そんな経験をしたことがないんだ。
貧民層の私は、たくさんたくさんそういう目にあってきた。
父親のせいで大借金を抱えた、ってことがバレた……私が自分で言ったときが最高だった。
問題です。借金がありますお金を貸してください、っていう人に、人はどういう態度をとるでしょうか?
答え、害虫を見る様な目で見られマシタ。
私はそのとき奉公していた奉公先に泣きついたけど、それが失敗だったっていうことは、すぐにわかった。
けんもほろろに断られた挙句、「こいつは金に困っている、盗みをするんじゃないだろうな」っていう目で見られるようになったからだ。
ほんと、馬鹿だったと思うけど、あの時はどんな細い糸でもすがってみずに諦めることができない状態だったもんね。
だから、私は人に徹底的に蔑まれた経験がある。その心の痛みを、良く知ってる。
でもリオンさんは知らない。よっぽど先生が抱え込んで大事大事にしてきたんだろうな。
人間だもの、偏見があってもお客に対してはそんな対応しない。
お客さんは大事だから、当たり障りなく対応してお金をもらって商品を渡すのが普通だ。
でも、リオンさんがその枠の外に踏み込むっていうのなら、話はまるで違ってくる。
そして、これだけ露骨に西方人の外見をしたリオンさんがそんな目にあったことがないっていうことは。
「先生は――ほんとうに、リオンさんを大切にしてるんですね」
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