しょうがないなあ。
私が先生のために一肌脱ごう。
憎まれ役になろう。
だって先生には言えないもん。
リオンさんを傷つける言葉を、リオンさんに嫌われるかもしれない言葉を、先生は言えないから。
「これから失礼なことをいいます。すみません」
前置きして、私は頭をぺこりと下げた。
ここからは、先生は言えない事。
「リオンさんって、言葉が下手です」
そういうと、リオンさんは静かに怒った。
うん、これは怒ってるな。
表情は変わらないけれど、目が鋭くなった。
「異国人だから、は通じませんよ。確かに西方人にしては、とてもお上手です。でも、それは西方人にしては、です。地元民に比べると聞き取りづらいんですよ。そしてあなたが競争して蹴落とさなきゃいけない人は、地元民なんですよ」
リオンさんは、固い声で先をうながす。
「それで?」
「先生は、一生あなたを愛して守るでしょう。確かに夫婦じゃないですから法による庇護はない関係ですけど、先生があなたに愛想つかすなんていうことが『あり得ない』っていうこと、あなたも判っているでしょう?」
「ああそうだな、それで?」
小憎らしいなあ。
そんな平然と認めないでほしいんですけど。でも、ここで否定されても腹が立つんだろうな、私。
ってことは肯定される方がまだいいのかな。
「だったら、守られていればいいじゃないですか。何が不満なんです? あんな素敵な先生に愛されて」
リオンさんは何故か驚いた顔で、まじまじと私を見つめた。
「君が、それを言うのか?」
「どういうことです?」
「女性として守られていればいいのに、治療師になりたいんだろう?」
私は、その瞬間むしろ彼を憐れんだ。
ふふっと口から笑いまで出てしまう。
「私は貴方とは違うんです。
リオンさん、どこに、私を守ってくれる人がいるんですか?」
ほんとうに、どこにいるというのか。
先生は私を守ってはくれない。
お父さんは言うに及ばず、守るどころか私を売った。いくら心を入れ替えたって、一度売られた事実は変わらない。私はお父さんを信じられない。
私はひとりじゃない。近所の優しい心強いおばさんたちがいる。でも、いざという時、何にかえても私を守るとそう言ってくれる人は、ひとりもいないんだ。
先生はリオンさんが何をしても、どんなことになっても守ろうとするだろう。
リオンさんが大借金を背負っても、偉いお役人を敵に回してしまっても、先生がリオンさんを見捨てることはない。
唯一無二の、何にも代えがたいものとして愛情を注いでくれる……何があっても守ってくれるとそう信じられる人、リオンさんにとっての先生のような人は、私にはいない。
……以前はいたけれど、死んでしまった。
「私はお母さんに死なれたけれど、それだけなら治療師になりたいなんて変な夢を志すことはなかったでしょう。ごくふつうに成長し、どこかに嫁いだでしょう。私がその夢を育んだのは、誰も私を守ってくれなかったからです。今はもうそれだけじゃありませんけれど、私が夢を夢として育てた第一歩は間違いなく、私がひとりぼっちだったからです」
今となってはその夢は私を突き動かす原動力となっている。
でも、最初からそうだったわけじゃ、ないんだ。
私が私になったのは、私が女なのに治療師になりたいと思うようになったのは、違うんだよ、リオンさん。
あなたには先生がいる。
何があっても何をおいてもあなたを守ってくれる人がいる。
なら、いいじゃないですか。
好き好んで何で傷つこうとするんです?
「私は子どもですけど、これだけはわかります。リオンさんは、人に拒絶されたことがないでしょう?」
「勝手な決め付け、ありがとう」
「子どもである私にすらわかるんですよ、そういうの」
私は肩をすくめた。
「リオンさんは、人に拒絶されたこともないし、徹底的に蔑まれたこともないでしょう? 自分に責任がなくて自分にはどうしようもないことで徹底的に蔑まれるって……とても、つらいです。心がずたずたにされます。何も、好き好んで傷つかなくったっていいでしょう?
あなたは先生に守られて、家で先生を支える。それでいいじゃないですか」
ここまで言えばさすがに怒るかな、と思っていたんだけど……。
気が付いたらリオンさんは私をじっと見ていた。
「……思ったより、ましな性根の人間らしいな」
「『しょうね』って何です?」
わからなかったので聞いたのに、リオンさんは答えてくれなかった。
「お前はジョカが好きだろう?」
「もちろん。大好きです。尊敬してます。心酔してます。先生の足を舐めろって言われたらできちゃいます」
「なのに、私にジョカの側にいろというのか?」
わかってないなあ、この人。
私はできるだけ真面目な顔を作ると、リオンさんを見上げた。
身長差があるのって、首がつらい。
「いいですか、リオンさん。リオンさんが傷ついたら、先生はリオンさん以上に傷つくんですよ?」
夜の大気を介して、リオンさんの驚きが伝わってきた。
この驚きは、リオンさんがそれを知らなかったから、じゃないな。
リオンさんも知っている事実を、私が知っていることへの驚きだ。
「先生は、リオンさんが、本当に好きなんです。リオンさんが傷つくと、先生はリオンさん以上に傷ついてしまうんです。だから、私はリオンさんが傷つくのを止めようとしているわけなのですよ」
えっへん、と私は胸を張る。
私には先生とリオンさんが仲たがいをすればいいとか喧嘩して亀裂が入ればいいとかいう考えはない。
だって……ねえ。
先生のリオンさんへの傾倒ぶりを考えるに、リオンさんと喧嘩して亀裂が入ったら、先生の事だからどっぷりと落ち込んで幸福なんて存在しない不幸の星に生まれた筋金入りの不幸男だって思いつめた挙句、最悪の事態になりかねないと思う……。
「先生の幸福とリオンさんは、別々に考えることなんてできないくらいに結びついています。私は先生が大好きです。私は、先生には幸せでいてほしいんです」
リオンさんに捨てられた後の先生を思うと、ちょっと怖い。
……世をはかなんで自殺とか、本気でしそう。うん、とっても可能性高いよね!
リオンさんがずば抜けて綺麗な人だから、先生がリオンさんを選んだことに『なんであんな奴を』っていう見方をしてる人は少ない。
美人っていうのは強いよね。それだけで価値になる。
美しい顔に生まれただけで、高い収入と尊敬を集める先生と釣り合う人だって見られるんだから。
でも、それでも先生は治療師で、リオンさんはその情夫。
先生の方に選択権があるって思っている人がほとんどだ。
でもねえ……ちがうよ。
先生が、リオンさんを、大好きなんだよ。
リオンさんが傷ついたら、先生の心はそれ以上に傷つくくらいに。
私はお願いした。
「お願いします。先生は、リオンさんが傷つくのを見たくないんです。そして、働きに出たらあなたは傷つくでしょう間違いなく。
だから――、先生の翼に包まれたまま、安らいでいてください」
せいいっぱい、気持ちを込めてお願いしたけれど、リオンさんに何か影響を与えたようには見えなかった。
しょうがないか。
私は女で、しかも子ども。
私の言う事をまともに受け止めてくれる人なんて、滅多にいない。
私は落ち込む心を慰めながら、足を動かした。
リオンさんは黙ったままだ。
そして私もこれ以上は何を言っても届かないだろうとわかってしまったから、何も言わなかった。
そして家について、私はリオンさんに頭を下げる。
「送ってくださって、ありがとうございました」
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