リンカにそうとう言いたい放題言われたリオンだが、別に怒ってはいなかった。
むしろ、リンカへの評価を向上させたくらいだ。
上位者に、言いたいことを言える人間は珍しい。
少なくともあの少女は、ジョカが自分とリオンを天秤にかければ一筋の迷いもなくリオンを選ぶと知っていて、言ったのだ。
反論するのも面倒なのでただ聞き流した。
大多数は聞く価値もない戯言だ。ごく一部には聞くべき部分もあることはわかっていたが、だからといって反論するのはあまりに大人げないような気がしたのだ。
十三歳の少女相手に正面きって議論する自分、というものを客観視したとき、リオンの自意識はどうしても虚しさと恥ずかしさを感じずにはいられないのである。
リンカがリオンを苦労知らずと断じたことについて、それなりに苦労も辛酸も舐めてきたリオンとしては憤激しないでもないのだが、それを呑みこんだのはある一点において、明らかにリンカよりリオンの方が恵まれているからだ。
――どこに、私を守ってくれる人がいるんですか?
まともな両親の元に育ったリオンとしては、可哀想に、と思わずにはいられなかった。
リオンの目から見ても、リンカはしっかり者だ。だが、彼女はしっかり者にならざるを得なかったのだ。無力な子どもを社会の冷たい風から守ってくれるはずの両親がいないのだから。父親は存命だが、いないほうがましだ、あんなの。
そのため、その場ではほとんど反論せずにただリンカを送っていったのだが――帰ってリオンはジョカにたずねた。
「ジョカ。私の言葉はなまっているか?」
最愛の恋人から帰るなりそんなことを聞かれたジョカは、まず目を丸くして、少し考えてから、頷いた。
「なまっているよ」
「聞き取りづらいか?」
「いいや。……俺はお前の言葉に慣れているから」
そういうジョカの発音は、地元民と比べても遜色ない。
現にリンカを始めとするこの土地の人々は、ジョカのことをこの辺り出身だと思っている。
ルイジアナの言葉もジョカは実に見事に流暢に操っていた。
そしておそらく、他の言語も一緒に違いない。
魔術師の特権。
ちょっと羨ましい。
「どうした? リンカが何か言ったのか?」
リオンはジョカを見やったが――、胸の内にしまっておくことにした。
年端もいかない一途な弟子が師匠を思いやっての忠言を言いつけるなど、大人げないにもほどがある。
リオンは頭を振って否定する。
「いや、特に。雑談したんだが、あの子がところどころで私の言葉を聞きとりづらそうにしただけだ」
「ああ……」
納得したようにジョカは頷く。
そのことから、ジョカにも気になっていたと悟った。
リオンは肩をすくめた。
「まあ、今更だな」
「なにが?」
「私が西方人だということは、誤魔化しようがない」
顔立ちの特徴自体、いやそもそも肌の色自体がちがうのだ。
リンカはリオンが西方人だからということを強調していたが、割とどうでもいいことであった。
なんせ、リオンは労働市場で地元民を押しのけて自分の雇用を確保しようとする人間ではなく、地元民を雇用して雇用を生み出そうとする側の人間なのだから。
リンカはその点を根本的に勘違いしていたのだった。
差別があるだろう――それで?
偏見があるだろう――それで?
お客さんじゃなくなるんだから優しくしてもらえない――それはない。
リンカの言う事は世の中の事実を言い当てているが、リオンに関しては的外れもいいところである。
リオンは競争相手になるのではなく、顧客になるのだから。
お客への扱いと競争相手への扱いは異なる。
それはリンカの言う通りだ。
だからこそ、リオンは、競争相手になるのではなく、顧客になるつもりなのだから。
「頭は良いが思い込みが激しいな、あの子」
「……ええと、何か言ったのか?」
「何か誤解しているようだったが、誤解を解くのも面倒だし聞く耳を持たなさそうだから放っておいた」
「…………」
ジョカは諦念の浮かぶ面持ちで額に手を当てた。
リオンから見れば、誤解を解く手間をかけるのも面倒なのだ。
聞く耳を持たない他人の誤解を解く、というのは、ほとほと面倒で厄介な難行なのである。
そしてリオンは間違っても根気づよい性格とは言いがたい。以前は職責上仕方ないので何度もそういう『聞く耳を持たない人間の思い込みを解く』という苦行をしたが、永遠の無限ループがつづくような錯覚にとらわれたほどだ。
必要がなければ二度とやりたくない作業である。
要は、リオンはあの子にそんな手間をかける必要性を感じないのだ。
あの子が何をどう言おうがリオンがあの子の言葉に揺らされることも行動を左右されることもない。
あの子が何をどう言おうと、ジョカが心を揺らすこともない。
リオンにとって、リンカはその程度の存在である。まともに相手をする価値もない。
だから、聞き流すだけにとどめたのだった。
リオンのその態度にジョカは嘆息する。
そして言った。
「リオン、お前リンカと付き合ってみたら?」
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