リオンは人よりかなりデキのいい頭を持っている、と自負している。
頭の回転も速い。
何を言われても大抵はすぐに即応して答えられるが、今回ばかりはマヌケ面をさらすしかなかった。
「……は?」
リオンは元々異性愛者である。
これが必要があって自分好みの女性だというのなら一夜の褥を共にするのも考えないでもないが――どう考えても一考にも値しない。
リオンは元来、女性の好みは保守的で、男が好む典型的な女性像を好む。
すなわち、金髪、白い肌、美人、そして胸が大きければなおいい。
――リンカとはかすりもしない。
貧弱な棒切れのような手足。薄汚れた肌、顔も美人とは言い難い。
論外にも程がある、というのがリオンから見たあの少女である。そもそも異性として見たことさえない。
相手が女性なら多少好みでなくても抱けるものだが、リンカはリオンの当落線上をものの見事に転がり落ちていた。素っ裸で向き合っても紳士でいられる自信がある。
ジョカはリオンの表情を読んで誤解を悟り、手を振った。
「ああ、ごめん。そういう意味じゃない。おまえ、リンカに一日付き合ってみたらどうだ?」
「付き合う、というのは行動をともにするという意味か?」
「そう」
ふむ、とリオンは腕組みした。
他人が言ったら一蹴するところだが、言った相手がリオンが世界で一番信頼している相手で、世界で一番物知りな人間なので、考える余地があった。
「あなたがそう言うっていうことは、何か考えがあるんだろう?」
「あるよ、もちろん。でもそれは、口で言っても意味がない。お前があの子と行動を共にしないと気が付かないことだから」
リオンは首をかしげてジョカを見やる。
「一日付き合え、というのは朝からか?」
「そう、ただし、完全に一日。つまりリンカが朝起きたときから、夜寝るまで」
それを実際に想像し、ぐぐぐっとリオンの眉間に山脈ができる。
「……リンカの家に泊まるのか……? ノミやダニがいそうだが」
病害虫が大繁殖していそうな不潔な家屋を思い出して渋面になる。
ござで寝るまでは妥協できるとして、病害虫は嫌だ。
ジョカも現実的に想像してみて、嫌になったらしい。
リオンの衣服にノミやダニがついた場合、かなりの確率で同衾しているジョカにも飛び火するのだ。
「……それはしなくていいから。早朝にリンカのところに行って、一日行動をともにしてみ?」
「手伝いをしろ、という意味か?」
「手伝いはしなくていい。見てるだけでいい」
「……? わかった」
不思議に思いつつも、リオンはすなおに了承した。
リオンはジョカを信じている。世界で一番。
世界で最も信頼している人の言う事なので、受け入れることにした。
もしリンカが同じことを言ったら、考えるまでもなく却下したことだろう。先ほどの言葉を聞き流したように、リオンはリンカの言葉に『聞く耳を持たない』のだ。彼女が女で子どもだから。
誰が言ったのかはかくも大事だという実例であった。
ジョカはリオンの頭にぽんと手を置く。
「明日、リンカに話をするから、明後日な」
そのままナデナデと頭を撫でられる。
傍から見れば、かなりおかしい構図だった。
リオンはもう出会ったころのような少年ではない。東方人は背が低いため、この地域の基準で言えば間違いなく大男の部類に入る。
見上げる様な男の頭を男が撫でているわけで、よく考えなくても不気味なのだが、やっている当人たちは長年の積み重ねがあるのでこれっぽっちもおかしいとは思っていなかった。
ずっと前、リオンが年端もいかない少年だった頃からの仕草だ。
その頃から、ジョカはリオンの庇護者だった。
リオンがジョカを解放してからずっと一貫して、彼はリオンを守ってくれたのだ。
リオンがジョカの愛情を疑ったことはない。何があっても常に彼は自分の味方だと、そう一分の疑いも持つことなく信じてきた。そしてその信頼が裏切られたことはない。リオンには、絶対の信頼をおける守護者がいたのだ。幼い頃には父が、成長してからはジョカが。
――私は貴方とは違うんです。
リンカの言葉を思い出し、リオンは嘆息した。
「その通りというべきか、あの子が可哀想だというべきか……」
「ん?」
「あの子には、無条件であの子を守ってくれる相手がいないんだな……」
ジョカは笑みを深め、苦いものを滲ませただけで、何も言わなかった。
リオンもそれ以上何も言わなかった。
リンカは可哀想だ、それは確かだ。でも、リンカより可哀想な子どもは、それこそ掃いて捨てるほどいるのだ。
――そして、彼らにとってあの少女はしょせん、いつでも切り捨てられる相手でしかない。
リンカにとっての親に、彼らはなってやれないしなる気もないのだ。
ジョカが何を置いても大切にするのはリオンだけだ。
そして、リオンにとってもそれは同じだった。
「でも、そういうことを言うってことはリオンお前リンカを気に入ったんだな」
「ちょっとラゼルムを思い出した」
ルイジアナでリオンに様々な事を教えてくれた師にして、リオンにとって最初で最後の片思いの相手を思い出して答える。
ラゼルムは白人で特徴的な顔の中年男なので、外見はまるで似ていない。
似ているのは中身だ。
しかし、この答えはジョカにとって意外だったようだ。
「ラゼルムと? ……似てるか?」
「ああ。外見はこれっぽっちも似ていないが、性格が似てる」
ジョカはその人物を思い出して首をひねった。
ラゼルムとは、ジョカも少なからぬ関わりがあった。
良くも悪くも忘れがたい人間である。が。
「似てるか? まあ真面目なところは似ていると言えなくもないが……リンカはあそこまで偏屈じゃないし、頑固ではないと思うんだが」
「ああ。図々しいところと口が減らないところが」
「…………リオン、お前、そういえばラゼルムみたいなタイプが大好きだったよな」
思い出した、という呈でジョカが言えば、リオンも首肯する。
「人間としては割と好きらしい、ということに今気づいた。ああいうのが私は好みらしい」
ラゼルムは、リオンに対して口に遠慮というものが欠片もない人物だった。そしてそんな人間は極めて希少だ。
人間自分の命が大事なので、自分の生殺与奪の権を握っている相手に言いたい放題言える人間など滅多にいない。沢山いたらそっちの方が問題だ。生存本能の欠如という意味で。
リオンがリンカの言葉を聞き流せたのは、ラゼルムで慣れていたせいもある。
ラゼルムのあの強烈な毒の含まれた正論口撃に比べれば、リンカのそれなど可愛いものだ。まだ子どもだったリオンは、ラゼルムに本気で泣かされた。
「誰が相手でも言いたい事を言える人間って滅多にいないからな。ラゼルム以外では初めて会った。それで気づいたが、私はああいう人間が好きなようだ」
「……リンカは一体何を言ったんだ……」
ジョカは額を押さえたが、もちろんリオンが口を割ることはなかった。
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