あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

魔法使いの弟子 20


 その日、早朝からリオンはジョカに叩き起こされた。

 辺りはいまだぼんやりと暗い。
 今まで起きたこともない時刻である。
「なんで、こんな時間に……」
「リンカはもう起きてるからだ」
「もう?」
「そうだ。さっさと起きて行ってこい」

 その言い方に少しかちんときたが、リオンは渋々起き上がって恋しい温かな寝床と決別する。
 布団から出るなり、リオンの全身を朝の冷気が包んだ。
「さむ……」
「走ればすぐに熱くなるさ」

 リオンは震えながらもう一枚着こみ、リンカの家まで走る。
 着いた頃には何とか体も温まっていた。

 棒切れと板切れを地面に突っ立てただけと言った方がいいあばら家が、リンカの家だ。
 リオンは戸を叩く。
「リンカ? リオンだ」
 すぐに戸が開いた。

「ああ、いらしたんですね。先生から聞いてます」
 少女はリオンを家に入れると、また元の作業に戻った。

 朝靄のかかる冷気のなか、リンカはリオンとは比べ物にならない薄着で働いていた。暖かい衣服など、彼女には買えないのだ。
 竈に火を入れ、水のたっぷり入った鍋を火にかけ、沸騰するまでの間に見事な手つきで野菜を刻んで入れる。

 リンカの調理は先日も思ったが、「ながら作業」が基本だ。
 基本、食材に火が通るまでの空き時間は何かをしている。
 使った調理器具を洗ったり、食器を出して並べたり。
 出来上がった根菜たっぷりのスープが、リンカと父親の本日の朝食らしい。

「リオンさんもどうぞ」
 と、リンカはふちの欠けた椀に盛って出してくれた。

 ――以前のリオンなら、それを無礼と感じただろう。
 けれども、今のリオンはそれが少女の精一杯のもてなしだと理解することができた。
 残飯を口にすることに比べれば、ふちの欠けた食器くらい何ということもない。

「ありがとう」
 丁寧に礼を言っていただく。
 粗末な食卓を、リンカとその父親とリオンが囲むことになった。

 リンカの父親は非常に居心地悪そうだったが、一日だけのことだ、リオンは無視した。

 一口、口を付けてリオンは驚く。
「……美味しいな」
 薄味だがしっかりとした野菜の旨みがあった。

 リンカの料理の腕は悔しいがリオンより上だ。手際もいい。
 汁物ひとつだけの食事は、さっさとかきこめば大した時間もかからない。リンカの父親は沈黙し、リオンも沈黙し、そうなると空気の読める少女も沈黙した。
 まったく会話がないため素早く食事が終わると、リンカは立ち上がった。

「リオンさん、行きましょう。診療所が開く前に行かないと」

 リオンがリンカとともにジョカの診療所に行くと、すでに行列ができはじめていた。
 リンカは彼らに会釈した後、裏に廻って鍵を開ける。

 ジョカはまだ来ていない。
 リンカがやるのは開店前の支度だ。
 中にある桶をとり、リンカは外の井戸まで桶に水を汲みに行く。
 見ているだけでいい、手は出すな、と言われたが、さすがにこれはとリオンは手伝いを申し出た。
 が、断られた。

「いえ、いいです。リオンさんは見ていてください」
 とはいえ、重そうな桶を少女がえっちらおっちらと運ぶのをただ見ているのはリオンにしてみればかなりの精神的苦痛だった。
 世間的にも、やせっぽちの少女が重そうな桶を運ぶ隣でただ見ている大柄な男というのは外聞が悪い。

 こういうときはさっさとやってしまうに限ると、リオンは強引にリンカの桶を持った。
「ありがとうございます」
 持ってしまえば、リンカも取り返そうとはしなかった。取り返せるはずもないが。

 その往復を三回やった。
 一回は火にかける鍋をいっぱいにし、残りの二回は診療所の水がめをいっぱいにするのに使った。

 鍋を火にかけている間、少女は診療所の窓を開けていき、掃除する。
 それが終わったら薬草庫に行き、厳重に戸締りされた扉を開け、中から薬草の束を取り出す。
 もしも誰かがこの扉を無理やり叩き壊した場合のことを考えてだろう、薬草庫の中は一見して判りにくい。

 そうでなくても乾燥した草は、どれも似たように見えるものだ。
 その乾燥した草の束が山になっているのだから、素人がこの薬草庫の戸を開けてもどれがどれなのかまず判らない。
 薬の束か、毒の束か、見当もつかない。

 リンカはもちろんそんなことはないようで、山積みの薬草の中から、こちらの棚から一つ、あちらの棚から二つと選んで籠の中に入れていく。
 リンカは薬草の束を刻むと薬の基材(冷えて白く固まった油)の中に入れて練り始める。混ぜ終われば軟膏のできあがりだ。
 それが終わり、少女がやっと動きを止めた。
 これまではずっと料理したり掃除したり水汲みしたりと、ひと時も止まることがなかったのだ。

 そしてリオンを見て、困った顔になる。
「リオンさんは……どうしようかな」
「何を困っているんだ?」
「リオンさんは、綺麗すぎて……。先生は私に一日つかせておけばいいっていうんですけど、そうなると、その……人目に立つと思うんです。患者さん百人以上いらっしゃるから」

「それが?」
 リオンには彼女が何を危惧しているのか、わからない。

「目立ってじろじろ見られると思うんですけど……」
「それが?」
 リオンは繰り返す。
 目立つことなど、すでにリオンには当たり前すぎて意識することもなかった。

「いやらしい目とかもあると思いますが……」
「それが?」
 ジョカと「良い仲」であることへの下卑た眼差しや見下す目など、リオンは慣れきっていて、すでに何とも思わない。

 そもそもリオンは、美丈夫である。
 長身に引き締まった筋肉、そして美貌。

 リオンを実際に見て、「こんな美形が男色家なんてもったいない」と思う人間はよくいるが、「この程度の男が先生の情夫だなんて許せない」と思う……思える人間はそういない。

 平然としているリオンを見て、少女も諦めたように肩を落とした。
「……いえ、すみません、何でもないです。リオンさんがいいならいいんです」

 それからすぐにジョカがやってきて、リンカがした仕事を点検した。
 沸騰した後冷ましている鍋一杯の水、きれいに掃除された室内、そして作った薬。

 確認した後一つ頷いて、ジョカはリンカに声をかけた。リンカが作った薬を指さして尋ねる。
「リンカ、これの調合は?」
「はい。ミミズク草を大分銅三つ分と基材を器一杯」
「よし。実際に使用するときは?」
「清潔な布の上に小さじ一杯」
「そうだ。じゃあ診察をはじめるから呼んできてくれ」
「はい!」

 リンカが外で待っている患者を呼びに行き、診療所内に人が溢れた。
 入ってきた患者はそろってリオンの存在に目を丸くした。美貌にひそひそと話をし、女性は熱のこもった視線でちらちらと見る。
 そして、患者の中の誰かがリオンの事を知っていたのだろう。
 抑えられた囁きがそこここで起きた。

 リオンはそれら一切を黙殺して、ジョカとリンカの働きぶりを見ていた。
 ジョカがリオンを人前に出すことを嫌がったために、こうして診療所でジョカが診察しているところをまともに見たのはこれが初めてだ。

「リンカ、ツモク草」
「はいっ」
「リンカ、湯冷ましで傷口を洗うから水持って来い」
「はいっ」
「リンカ、基材をつくれ」
「はいっ」
「リンカ、薪が切れた。買ってこい」
「はいっ」

 今日は一日ずっと一緒にいろ、とのことなのでリンカが薪を買いにいくのについていった。
 リンカは小さな財布を握りしめて薪屋まで駆けていく。

 今日はリンカは朝からずっと動きづめだ。実をいえばリオンは少々空腹を感じ始めていたのだが、実際に働いているリンカが食事をとっていない以上、見ているだけのリオンが食べられるはずもない。
 庶民は一日二食が普通だ。リンカも朝と晩だけなのだろう。空腹であっても食べられないのが普通なのだから、空腹感を無視することに慣れているのだ。

 薪の束は、桶よりは軽いがそれでもかさばる。
 今度は声掛けをせずにさっさとリオンが持った。
「……リオンさん」
「なんだ?」
「ありがとうございます」

 リンカは一礼した。
 奉公先できちんと躾けられたのだろう。
 美しい一礼だった。

 急いで診療所に戻ってからも、リンカは言いつけられるままに働きつづけた。
 というとジョカは何もしていないようだが、ジョカはリンカ以上に働いている。
 患者の症状を聞き取って診察し、病気の見当をつける。これが一番重要にして難しいところだ。
 無数にある病気のなかから、症状だけで「正解」を当てなければならないのだから。
 ジョカに切々と病状を訴える患者たちは切実に誰かの助けを必要としていて、リオンはそれを聞いていて誇らしい気持ちになる。
 ジョカは、彼らの窮状を救うことができるのだ。

 そして病気のあたりをつけるとジョカは薬草庫から薬草を選び、リンカに渡す。リンカは作り置いておいた基材と混ぜ合わせて薬を作って患者に渡し、代金を受け取るという流れだ。

 とにかく次から次へと患者がやってきて、少しも休む暇がない。
 リンカがいないころは一体どうやっていたんだろうと思うが、全てジョカが自分でやっていたのだろう。

 患者の波が途切れた頃には、空は赤くなっていた。
 リンカが表に出て、看板を裏返しにする。
 これで今日診察するのは、診療所の中にいる患者までになる。

 最後の患者の治療が終わると、ジョカは代金を懐にしまいかけ、やめた。
 ジョカは袋の中から小銀板を一枚、リオンに弾く。

「リオン、今日はリンカの家でご馳走になるんだろう? 今日は買い物も付き添うんだ。その金でリンカにおごってやれ」
「わかった」
 リオンも抵抗なくうなずく。
 ここまで同行して、ジョカがあの少女に甘かった理由がわかった気がした。

 リオンは声をかけた。
「リンカ、行くぞ」
「あ、だめです。待ってください。お掃除しないと……」
「掃除?」

 朝したのに、と思ったが、見回せば結構汚い。
 百人以上の人間が詰めかけたのだ。それだけの人数がいれば、どうしたって汚れてしまう。
 少女が掃除するなか、ぼーっと突っ立って見ているというのも間抜けなのでリオンは彼女を手伝う。リンカほどではないが、リオンもそれなりに手際がいい。
「あ、ゴミは全部こっちに……はい。竈に入れてしまいます。あ、その前に竈の灰は全部掻きだして袋に入れて下さい」

 竈の中の灰を袋につめ、リンカはリオンを振り返る。
「さあリオンさん、お待たせしました、行きましょう」

 診療所の戸締りをすると、なんとリンカは「走った」。
 そろそろ大の大人のリオンでさえ疲労困憊だと言うのに。
 二人は終了間際の市場に駆け込み、素早く買い物を済ませる。食材を選ぶのはすべてリンカで、リオンが単なる荷物持ち兼財布であったことは言うまでもない。

 そしてまた歩く。買いこんだ食材はずっしりと重い。
 今日は荷物持ちはリオンだが、普段はリンカひとりでこの重さを持ち運んでいるのか。
 二十分ほど歩いてリンカの家につく。
 リオンはすでに疲労がずっしり肩にのしかかる状態だったが、少女は胸を張って言う。
「さあ、お腹空きました。すぐに作りますね」
 言いながらリンカは戸を開けた。
 戸が開く音に重なるように、聞き覚えのある声が飛んできた。
「おかえりー、遅かったな、早くメシをつくってくれ」
 本気で殺してやろうかと思った。

 リオンの目がすさむのとは好対照に、リンカは父親に明るく返事をする。
「ごめんごめん、今作るねー」
 リンカは、タフだった。

 リオンはどうしてこの子はこんなに朗らかに返事ができるんだろうと不思議でならない。
 くたくたに疲れているはずだ。
 なのに、帰ってくるなり食事の催促。

 父親が仕事で疲れているにしたって、リンカはもっと疲れているはずだ。
 朝まだ陽が昇りきらないうちに起きて家事をして診療所に行き、ジョカにこきつかわれ、終わったら終わったで夕食の買い物にいき、今帰ってきたばかりなのだから。
 それをちっとも考慮してないかのような食事の催促に、リオンだったら自分で作れと…………言えるだろうか?

 リオンはジョカに食事を催促されたら、惚れた弱みで作りそうな気がする。どんなに疲れていても。
 まあ、ジョカの場合そんなに疲れているリオンに料理を強要するなどあり得ないが。
 同じように、リンカもまた、父親のために料理をするのは苦ではないのかもしれない。

 すでに半ば以上感嘆しているリオンが見守る中、少女は竈に火をいれ、包丁とまな板を取り出して料理を始める。

「はい、できました。かんたんなものですみません」
「……いや、ありがたい」
 リオンは心から言った。

 くるくると動き回っていたリンカとはちがい、リオンはただ見ていただけだというのに、今すぐ横になって眠りたいほどの疲労感がある。
 その疲労感の上に空腹がプラスされて、何もする気力がない、というのがリオンの本音だった。
 なのにリンカはさらに料理をつくれ、と言われたのだ。当たり前のように。

 リオンはリンカが作った食事を一口食べた。
 美味だった。
 リオンはリンカを見つめる。

「……美味しい。ありがとう」
 心からの言葉だった。



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Date:2016/01/24
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