「え、って……なんでだ?」
「えー。診察で疲れても俺が頑張れるのはリオンが家で出迎えてくれるからなのに。俺が家に帰ったときはリオンはリンカを家に送って行ってる最中なんだろう?」
子どものような正直なワガママに、普段ならばリオンもほだされて嬉しくなるのだが……。
リオンは腕組みをして、冷たい目でジョカを見つめた。
「ジョカ。あなたは男か女か?」
話の流れを悟って、ジョカは肩を落とした。
「……男です」
「リンカは?」
「女の子です」
「どっちを優先して守らなければならないと思う?」
リオンは、いっぽんスジの通った筋金入りの男尊女卑主義者であった。
男は女性を守るものと、何の裏表もなく純粋に信じている。
まして、リンカはジョカの弟子だ。可愛がってもいた。
リオンから見れば、何言ってるんだというものである。
ジョカはため息をついて妥協案を出した。
「じゃあこうしよう。リンカの父親に毎日迎えに来させるんだ」
「リンカの父親に? ……できるのか?」
「リンカの言う通り、ちゃんと反省しているのなら迎えに来るだろう。ついでに荷物持ちもさせよう。これでリンカの負担も少し減る」
あっという間に解決策を提示したジョカに、リオンは感心しながらうなずいた。
「わかった。それでいいと思う。……なあジョカ。女性が働くのは、やっぱり私は厳しいと思う。だって、仕事の帰途ひとつとってみても、危険が沢山あるんだ」
「それはそれこそ工夫すればいいじゃないか」
ジョカは手を広げ、かるく言ってのけた。
「女性がひとりで夜道を歩くのは危険だ。なら、リンカが俺のもとで学んだあと、診療所を開くときは外が明るいうちだけ開けばいい。あるいは、結婚して旦那を助手にして、旦那と一緒に診療所を開いたって良い。
――いいか、リオン。難しいことがあったとしても、ひとには知恵があるんだ。工夫をすればいいんだ。諦めたほうがいい、という話にはならない。困難があるから駄目という考え方は、そもそも反対する口実を見つけるための考え方だ」
諭されて、リオンは黙り込んだ。
ジョカの言葉は、リオンの自分でも見ていなかった本心に深々と突き刺さったのだ。
――困難があるから駄目という考え方は、そもそも反対する口実を見つけるための考え方――。
指摘されてみれば、その通りと認めざるをえない。
明かりには金がかかるこの時代、外が明るいうちだけ店を開く、という業態は珍しくない。
ジョカだってそうだ。夕方になったらさっさと閉めている。リンカの場合、その後市場に寄って買い物をして帰るので、暗くなってしまうだけで。
だから、致命的な障害にはならない。ジョカが何かにつけて繰り返し言うように、人間には知恵がある。工夫をすれば、何とでもなる。
それでもその考えがリオンの心に入ってこないのは、リオンの中で頑強に抵抗するものがあるからだ。
女性が働くなんておかしい、という。
リオンはしばらく自分の中のその壁と戦う。殴り、引っ掻き、蹴り……とうとう降参して白旗を掲げた。
「う~、なんであなたはそんなに女性を働かせたいんだ」
ジョカは微笑んだ。
「その理由は、昨日も言っただろう?」
そう言われると、何も言えなくなる。
ジョカはリオンの肩をぽんぽんと叩いた。
「焦ることはない。ゆっくり時間をかけて考えればいいんだ」
実際、ジョカはまったく焦っていなかった。
リオンが筋金入りの男女差別主義者であることは前から知っていたし、度し難いことに、そんなところもリオンの魅力でさえある。
それに、リオンの考え方は珍しいことでさえない。
むしろジョカの方が異常なのだ。
女性は劣っている、という考え方も、一部は正しい。
女性は出産をする関係上、どうしても能力上犠牲にしなければならない部分がある。
男女を同エネルギーの生き物として見た場合、女性は人間生産機能に自身の持つエネルギーの相当部分を消耗する。
そのぶん、能力的に劣ってしまう。
その代わり、女性には男が逆立ちしてもできない、人間をつくるということができるのだが。
それから二人は朝食を再開したが、食べ終わったころリオンはぽつりと言った。
「……なあ、あなたは、私があなたの考え方を受け入れられないと言ったら、私を軽蔑するだろうか?」
「ん? 俺はお前の考えなんて前々からとうの昔に知っていたけど? それで俺がお前を軽蔑したことがあったか?」
ジョカにとってごく当然のことを言うと、リオンは納得したようだった。
「……まあ、そうだよな……」
「俺としては、リンカが頑張っているからリオンには認めて欲しいっていう気持ちがある。リオンが女性は就労すべきじゃないって考えを持っているのは知っているけれど、リンカだけはその例外条項にくわえてやってほしいっていう程度だ。ま、リオンが認めなくてもリンカは気にしないだろうけど」
「気にしないのか?」
ジョカは笑って頷いた。
「リンカは気にしないさ。リオン、お前がリンカに何を言われても気にしなかったのと同じだ。リンカは否定されることに慣れてるからな、ああそうですかと聞き流して終わりだ」
何でかリオンはムッとした。
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