道々少女はリオンに話しかけた。
「おばさんたちがですね、みんな私に言うんです。よかったね、よかったねって。私が女郎屋に売られる寸前だっていうことみんな知ってて、みんなどうしようもないって諦めてました。貧乏所帯ですからそんな大金払えませんし、どうしようもないって。あ。先生からお金を借りたとかそんなこと一言も言ってませんよ? でも先生が帰って来て私が元通り働くようになって……みんなそれで事情を察したんだと思います。良かったねって言ってくれるんです」
少女は笑み崩れて言うが、聞いているリオンとしてはあまり愉快な気分ではなかった。
確かにわざわざ聞くまでもない。
長旅から治療師が戻ってきて、女郎屋に売られる直前で秒読み状態だったその弟子が治療師のもとで元通り働いているのだ。
どんなうつけでも治療師に金を出してもらったとわかるだろう。
……となると……。
リオンはうんざりした。
ジョカのところやリオンのところに、金を出してくださいとリンカと同じように切羽詰まった少女や子どもや有象無象が泣きついてくるさまが想像できてしまったのだ。
リオンは今回の件で自分の欠点を自覚したが、どうも自分は子どもに甘い。
見捨てるとなると、罪悪感に苛まれてしまうのだ。
そう言えば、以前面倒を見た魔法使いの卵も子どもだった。
子どもに泣きつかれると見捨てられない。これは、現実ではかなりのマイナスではないだろうか。もう、リオンは王族でも何でもない。人に施しを与えて回れるほどの余裕はないのだ。
何とか改善しないと……と思っていると、リオンの沈黙をけげんに思ったのかリンカが見上げた。
「リオンさん、どうしたんですか?」
「これから似たような人間がやってきたらどうしようかと」
「似たような人?」
リンカは首をかしげて――ぽんと手を打った。
「ああ、そういうことですね! ……身勝手なようですけど」
リンカがそう言ったとき、リオンはその続きを予想した。
「リオンさんがそれができるのなら、そしてリオンさんのお眼鏡にかなう子なら、助けてほしいと思います」
完全に予想が外れた。
リオンは驚きに打たれてリンカを見下ろす。
てっきりこう言うのだろうと思っていた。
身勝手だけど、私は私以外の人を助けてとは言えない、と。
なのに、リンカの言葉は正反対だった。
「もちろん、こう言う以上、私も犠牲を払うつもりはあります。ええと、修行が終わるまで、一人立ちするまで待ってください。あと数年して、私がちゃんと治療師になって稼げるようになったら、私がリオンさんが出したお金の返済をします」
「……私に、見ず知らずの人間を助けろと?」
「もちろん、リオンさんのお眼鏡にかなった人だけですけど。それに、私にはリオンさんに命令なんてできません。ただ、できれば助けてほしいな、と願うだけです。だって、リオンさんは、『できる』んです。以前の私のように、絶望しきった人を助けることが、『できる』んですから」
「ずいぶん図々しい言い分だな。私は見ず知らずの一面識もない人間を助ける趣味はないぞ」
「あれ? ご存知ないんですか? わたし、図々しいことで有名ですよ」
リオンは納得して深く頷いた。
「たしかにそうだな」
リオンの同意に、少女はへこむどころかそうだろう、とまるで自慢のように胸を張る。
図々しさも、ここまでくれば確かに一つの武器だ。
少なくとも控えめでつつましい少女だったら、今ごろは娼館で春をひさいでいることだろう。
「……私、お父さんに売られた時、ほんとうに絶望して絶望して目の前が真っ暗になったんです。あのときの気持ちは、忘れられません。なのに、その私が『自分が助かったんだから、同じ目にあっている人たちなんて知らない』って言ったら、なんだかあの時の私を見捨てているようで、今度は自分が先生に見捨てられそうで……。ごめんなさい、何を言いたいのか、ぐちゃぐちゃですね」
リオンは頭を振った。
「……いや、わかる」
暗黒の絶望のなかで、必死に希望へ手を伸ばす気持ちを、リオンも知っている。
――助けてくれ! ジョカ! 誰でもいいから誰か、誰か助けてくれ……!
……嫌な記憶が蘇りそうになり、リオンは慌ててそこで止めた。
結局、リオンに助け手が現れることはなかったのだ。
ふむ、とリオンは考えてみた。
……考えてみる価値があるかもしれない。
これまでは一体どうやって断ろうか、という方向性でばかり考えていたが、逆のアプローチもあるのだ。
切実に金を必要としている相手に金を貸す。
そのかわり、相手が立ち直ったら金を返してもらう。治療師になったリンカは出資するとはっきり言っている。同じように言う人間は、きっといるだろう。それとリオンが持っている金が原資となる。
現在も金貸し業はあるが、ぼったくりのような高金利だ。
たかだか酒代が銀板十枚という大金に化けたリンカの父親を見ればわかるだろう。
そうではなく、本当に貧しい人がもう少し気軽に利用できるような、そんな金融があってもいい。
リンカは、絶望のさなかにいるところを救われた。その気持ちがわかるからこそ、同じ絶望のなかにいる他人に対して、見捨てることに抵抗があるのだろう。
それ自体は尊い気持ちだ。
後はリンカがその気持ちを持ち続けられるかどうかだが――リオンは隣の、自分より大分背の低い少女を見下ろして、肩をすくめた。
十三歳の少女に、自分の未来を縛るような約束をさせたいとは思わない。
リオンはその点、一本筋が通った男女差別主義者である。女性に責任を負わせるのは男の不甲斐なさ、と見る人間だ。
ただし、これは少年であったとしても同じだろう。
十三歳の子どもに約束したんだから責任を持て、などと言うほどリオンは無慈悲ではなかった。
人の気持ちは変わるものだ。
特に成長期は、体とともに気持ちも変わっていく。
そしてそれは、害でも悪でもなく、自然なことなのだ。
リンカが治療師として一人前になり、一人立ちしたあとに聞いてみて、その時も今の言葉を言えるようならば、協力してもらえばいい。
リオンにはジョカのお陰で豊富な原資がある。
リンカの出資を必要とはしていない。
が、金融の基本は循環だ。
金を出すだけの行為は、金融とは言わない。単なるばらまきだ。そして、長く続けるためには、金をどこかから回収し、循環させなければならない。
そもそも金貸しというのは踏み倒しのリスクと背中合わせにある。
借金を返せない人間のぶんまで、そのほかの人間が金利として負担している、と言い変えてもいい。
どういう仕組みを作り上げればいいのか。
リオンは考え始めた。
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