あかね雲

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□ 黄金の王子と闇の悪魔 番外編短編集 □

憐憫の価値 3



「金融やるのは官の許可制なのでめっちゃ大変です。でも、やりたいのなら頑張れ?」
 ジョカは反対しないようだ。
 たぶん誰々に紹介してくれ、と言ったらできる限り協力してくれるだろう。

「ありがとう……、考えてみる」
 リオンはふと、そこで懸念材料に気が付いた。
「なあ、私が金融をやり始めたら、金貸したちは困るよな?」
「困るだろうな」
「……と、いうことはだ。相手はそんな悪徳業者だ。私を殺しにかかるんじゃないか?」
「可能性はあるな」
 平然と頷かれて、リオンは頭が痛くなった。

 リオンは暴力沙汰に慣れているが、かといって強いかと言われると微妙だ。
 正々堂々の一対一なら、大抵の相手は何とかなるだろうと思う。
 だが、現実でそんなものは滅多にない。

 人が邪魔な誰かを始末しようというとき、大抵は奇襲であり不意打ちであり暗殺だ。
 市場の商人を買収され、リオンが手にする野菜に毒でも仕込まれたら気づくのは難しい。

 リオンは困って、ジョカに相談した。
「なあ、ジョカ。私は、貧しい人にお金を恵むのは富める者の義務であり美徳であるという教えで育ったんだ」
「うん。お前はごくしぜんに、困っている人は助けようっていうところがあるよな。……そういう所が好きだよ」
 さらっと言われ、少々顔を赤らめながらもリオンは続ける。

「だから、この金を元手に金融をやることで貧しい人を助けられるのならそれでもいいな、と思った。でも……命を狙われるのは嫌なんだ。こわい」
 虚勢を張らず、ありのままにリオンは恐怖を吐露した。
「私は、あなたと一緒に、幸せに生きていきたいんだ。天与の寿命が尽きるまでな。誰かに殺されるのはまっぴらだ」

 リオンは一度死んだ。
 幸運が重なってこうして生きているが、一度経験したからといって、平気になるはずがない。むしろだからこそ恐ろしい。
 つまるところリオンのやりたいことというのは、自分たちの平穏な暮らしを乱してまでやりたいことではないのだ。優先順位としてずっと下になる。

 ジョカはふむ、と腕組みした。
「じゃあ、多少迂遠になるが、学校でも作ってみるか?」
「学校?」
「さっきも言ったように、基礎学力がないからこそ食い物にされるんだ。学力っていうのは、すぐには効果が表れない。そんなものが何の役に立つんだっていう奴も多い。でもな、学力は国の基(もとい)だ。人こそが人を生かす。国の力の底上げをするには、国民の学力レベルを上げる事は極めて有効だ」

 ジョカはそこで言葉を切り、心配そうにリオンを見た。
「ただ……お前、どう考えても教師には向いてないからなあ」
「う……っ」
 自覚のあるリオンには痛い一言である。

 頭の良い人間が、教師に向いているとは限らない。
 リオンは自分でも分かっているが、教師に向いていない。
 以前、教師役をやってみて痛感した。
 同じことを何度も何度も聞かれると、どうしても苛立ってしまうのだ、どうしてこんなこともできないんだ、と。
 リオン自身が一度でできてしまうだけに、何度やっても覚えられない相手へ苛立ちが募る。
 その苛々が生徒に伝わり、生徒は萎縮する。そうすると更に生徒は失敗する。その悪循環だ。

 弟子を教育するジョカを見ていてリオンは感心したのだが、ジョカはリンカに辛抱強く繰り返し同じことを教えていた。
 苛立った気配なく、するっと教えるので、少女としても聞きやすいのだろう。師弟のあいだの感情は非常に良好なのが見ていてもわかった。
 同じ真似は……たぶん、リオンには無理だ。
 怒るまい、苛立つまい、自分とはちがうのだから、と思っていても、自分ができるだけに苛立ってしまうという、教師には最も向いていないタイプであった。

 あれもだめ、これもだめ……リオンは自分が情けなくなってきたが、そんなリオンにジョカはぽんぽんと頭に手を置いた。

「焦るな、焦るな。前にも言ったように、人には知恵がある。克服しようという情熱があれば、知恵と工夫で何とかなるもんだ」

 そもそも、ジョカはリオンとはスタンスがちがう。
「ゆっくり考えればいい。俺もお前と同感。俺はお前と一緒に幸せに暮らしていきたいんだよ」
 そして、現状それはできている。
 だからジョカとしては現状維持でいいのだ。そのあたり、今のままじゃ嫌だというリオンとはちがう。

 そんなジョカの気持ちはリオンにも伝わった。
 今になってリンカの言葉が重く思い出される。

 ――あなたには、守ってくれる人がいるんですから、守られていればいいじゃないですか。

 あの子には守ってくれる大人はいなかった。自分を女郎屋に売る父親がいただけで。
 だから自分一人で立てる力を求めざるを得なかったのだ。
 切実さにおいて、雲泥の差があった。

 そんな少女と、リオンはまるでちがう。
 ジョカがリオンを見離すことはないだろう。
 愛情の維持に汲々としなくとも、ジョカがリオンを見捨てることはないだろう――よほどのことをしなければ。

 リオンが男として、庇護されるばかりの立場を受け入れさえすれば、それですべては済むのだ。
 リオンが何をするにせよ、ジョカの負担が増えることは間違いない。
 ジョカにこれ以上の負担をかけなくても、現状維持をしていれば一番大事な「二人での平和で穏やかな暮らし」は実現できるのだ。

 自分の身を捨ててどこまでも他人に奉仕するのなら、それはそれで一つの意味ある生き方だろう。だが、リオンにそんな覚悟はない。

 そう思うと、足掻いている自分がすべての問題のように思えてしまって、リオンは重いため息をついた。
「私は、自分の生活が一番大事なんだ……。身を捨ててでも尽くすとか、そういう気持ちにはなれない」

 ジョカもそんなリオンを責めることなく頷いた。
「そう、それでいいんだよ。お前はもう、王子様でも王様でも何でもない、普通の一般人なんだから。自分の身を捨ててでも誰かのために尽くす必要は、もうないんだ」
 強く心がこもった言葉だった。
 その意味がわかって、リオンは顔を上げる。
 視線の交錯は一瞬。ジョカの眼差しを受け止めかねて、リオンは俯いた。
「私は、中途半端だな……」

 そんな呟きが漏れた。
 自己卑下の感情と縁遠いリオンだが、人間である以上悩むことも落ち込むときもある。
 いまがその時だった。

 もう、いっそのこと行動を起こすのをやめてリンカの言う通りにただ守られている立場に安住していようか……とリオンが検討してふと目を上げれば、ジョカが微笑んでリオンを見ていた。

「なあリオン。これまで俺は、なんだかんだとお前の優しさによって迷惑をかけられてきたけど、一度たりとも責めたことがないよな。どうして俺が一度も責めなかったと思う?」
「……あなたが、それによって救われたから……?」
「そうだ」
 ジョカは短く、戦いに挑む将軍のように決然と肯定した。

「俺はお前の優しさに救われた。弱いものを見捨てられないお前の優しさによって、俺はあの地獄から掬い上げられたんだ。だから、誰がお前を偽善者と呼んでも、俺だけはお前の優しさを否定しない」

 そっと、リオンの頬にジョカは手を添えた。
 黒曜石の瞳がリオンを至近距離から覗き込む。
 その瞳には、永遠の愛を誓う光が宿っていた。

「リオン。勘違いをしてはだめだ。他人を助けたい、それは尊い気持ちだ。そして、自分に余裕があるとき、その余裕の範囲で他人を助けたい、それもまた、尊い気持ちなんだ」

 そういえば、とリオンはこれまで彼と過ごした膨大な時間を振り返ったが、ただの一度も彼がリオンの優しさ……いや甘さを否定したことはなかった。
 むしろ、リオンの望むままに世界唯一の魔術師の力をふるい、リオンを助けてくれた。
 迷惑ばかりをかけた自覚はしっかりある。ジョカがそれでもリオンを助けてくれるのは、愛情からだと思っていた。
 いやもちろんそれが最も大きいだろうけれど、彼にはそれ以外にもリオンに助力したいと思う理由があったのだ。

「リオン、助ける相手に奉仕しきって恭順を誓い、奴隷のように仕えなくては尊くないのか? ちがうだろう? 自分に余裕があるとき、その範囲でだけ助けたい、それだって尊いんだ」
「ああ、そうだ。でも」

 封じるように、リオンの唇をかるく啄んですぐ離れ、ジョカは囁いた。
「リオン。お前の心が望むままお前が誰かを助けたいというのなら、俺は協力する。自分の心を疑うな。おまえの不幸な人に優しくしたいという心は、尊いものなんだ。それでも疑うときは、お前の優しさによって救われた俺を見ろ。お前によって救われた人間が、ここにいる。俺が、お前は間違ってないと言うから」

「でも、あなたの負担になる」
 リオンがらしくもなく足踏みしていたのはそれが原因だった。
 はたと気づいてしまったのだ、リンカの暮らしを見て。自分にあれができるだろうか、と。

 今はリオンがすべて家事をしているが、リオンが忙しくなればジョカにも負担を求めざるをえない。
 リオンに激しく甘いジョカは元々家事さえもやる必要はないと言っていたし、家事を分担することを自分から申し出てくれたくらいなので、嫌がることはないだろう。
 だが、それはジョカの負担の増大を意味する。
 リンカのような「切実さ」がないだけに、リオンは迷ったのだ。
 単なる自分の我が儘で、更に彼に負担をかけていいものか、と。

 ジョカは、日差しに長い年月照らされ色が抜け落ちた絵画を思わせる顔で、優しく笑った。
「ああ、そうだな。でも、そういう因果なんだろう」
「え?」
「リオン。お前は、不幸な人間を見たら手を差し伸べたいと思える人間だ。リンカのように。俺のように。おまえの優しさによって救われた俺が、お前の行為を否定するのは道理が通らない話だ。お前の優しさに救われた俺が、お前の優しさの手伝いをする。それで世の中の天秤は釣り合う。そういう道理なんだろうさ」

 天使のつばさが心の屈託をすべて掃きさった気がした。
 胸にこみ上げてくるこの熱こそ、人が「愛しい」と呼ぶ感情なのだと、リオンは思う。

 目と目が合う。言葉はいらなかった。
 リオンは全身を貫く衝動に正直に従った。
 リオンは愛しい人を強く強く抱きしめると、唇を塞いだ。



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Date:2016/01/31
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