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あかね雲

□ 硝子の瞳のあなた □

3 近所の冷ややかな目



 その日、学校に行くあなたの姿を、通行人たちは立ち止まって見送りました。
 あなたは母親似であり、父親似であり、そしてどちらにも似ていませんでした。

 母親譲りの銀の髪。
 父親譲りの青い瞳。
 顔のパーツも、眉と耳のあたりは母親に、目と頬骨のあたりは父親に似ています。そして、総合的に言えば、どちらにも似ていませんでした。

 人の顔と言うのは、バランスが命です。一つ一つのパーツが凡庸でも、組み合わせ次第で受ける印象は恐ろしく違います。
 二人の人間の最も良くできた部品を、最良のバランスで混ぜ合わせ、設置したら、こうなるでしょう。
 父親も、母親も、容姿としては目立ったところがありません。なのに、ふたりの子であるあなたは、誰もが認めるほどに美しかったのです。

 一つ一つの部品を見れば確かに両親に似ているのに、並ぶとまるで似ていないのです。
 そんなあなたの容姿は、当然近隣の住民の口に乗りました。
 銀の髪に青い瞳。両親にまるで似ていない美しい子ども。充分な食事を与えられていないために手足は棒のように細く、小柄で、血色が悪いため肌は青白く……。

 そして、何より印象的なのは、瞳です。
 子どもの表情は、くるくるとよく変わるもの。せわしなく動く表情こそが、子どもの最大の魅力でしょう。

 けれど、あなたは笑いません。
 泣きません。
 怒りません。
 あなたがその瞳にはっきりとした感情を乗せたところを見た人間は、一人もいないのです。

 青い瞳は澄み切って、何も映していません。生あるものの目ではなく、剥製にはめ込まれた色のついた石のようです。
 それらは髪と瞳の色彩も相まって、まるで硝子細工のような儚い、触れたら崩れてしまいそうな緊張感のある美しさでした。

 ……そして、もちろん、異様で、不気味で、異常でもありました。
 あなたが受けている仕打ちについて、近所の住民たちは薄々知っていました。こうしたことはどうしても伝わるものです。

 あなたが似ていない事で母親の不義が疑われ、父親は同情を受けました。疑われた母親とその知り合いは、その原因となったあなたを責めました。
 更には、あなたが不気味な子どもであることで、両親は同情を受けました。

 しかたないねと、住民は言いました。
 あんな子じゃあ仕方ない。
 ――あなたに味方はいませんでした。

 魔と長年戦争を続けているこの国では、こんな田舎町でも、大通りは舗装されています。
 戦争には、大量の物資が必要とされます。
 大通りの先は街道に接続し、物資のスムーズな輸送がされるようになっているのです。
 この町から、あるいはこの町を経由して、物資を最前線に素早く送れるように。
 大通りに面した魔法学校への道は馬車の重みに耐えられるよう頑丈な焼き煉瓦が敷き詰められ、その端にはところどころ雑草が頭をのぞかせています。

 雑草の中には花を咲かせているものもあります。冬のこの時期、咲いている花はただひとつです。
 白い六枚の花弁を揺らしている、野の花。
 ――アトーシェ。
 花言葉は、「健やかなる命」。

 冬であろうと、春だろうと、一年を通じて花をつけ、実を落とす、逞しい草です。
 実は食べられるので、あなたにとって、幾重もの意味で・・・・・・・、お世話になっている草でした。

 魔法学校へつくと、まだ門は開いていませんでした。あなたはいつも通り、門の隣の小さな通用口の鍵を開け、中へと入ります。

 間違いなく、学校で最も早くに来る生徒はあなたでしょう。遅くに帰る生徒もあなたでしょう。
 魔法の勉強のため、そして、両親に見つかると殴られるために、あなたは学校に長居しました。そんなあなたの為に、通用口の鍵を渡してくれたのは、よくあざを作って来るあなたの事情を薄々知っている教師です。

 中で魔法を使っても大丈夫なよう、魔法で強度を上げてある訓練場で、あなたは手首と手首を合わせ、上に振りあげます。

「我、天と祖霊に願い奉る――」
 魔法は大きく分けて、奉願(ほうがん)、対象の指定、現象の指定、そして奉魔(ほうま)の工程を経ることで成立します。

 奉魔というのは、世界を司る何らかのルールに魔力を捧げることで、そうすることで魔法が発現します。
 魔力が大きければ、弟のように省略もできますが、あなたには無理です。

 まず、定型句である言葉(さっきのですね)を言い、次に対象と現象を指定します。
「我が前一リルマの虚空に、赤く輝かしき灯火を」
 あなたは言いながら心の中でイメージし、最後の奉魔へうつります。
 上で合わせていた手を腹部へと置きます。

 この仕草に意味はさほどないのですが、教師が教えたときに、そうすると意識しやすい、と言ったのでそうしています。
 体の中心の丹田で魔力を練り、そして、魔力を捧げました。
 あなたの目の前、一リルマ(一歩)のところに、小さな炎が生まれました。

 後はこれを維持するだけ――なのですが、今回もまた、すぐに消えてしまいました。
 いつものことですが、本日はそれをぼんやりと眺めました。

 この学校の学費は、大したことがありません。子どもでも、小遣いを貯めれば支払える程度の額です。でも、あなたに小遣いはありません。
 その分もまとめてすべて、弟にあげられています。
 弟はその中からお金を出してあなたに手渡しました。懐には、そのお金が入っています。

 学校が始まったら、教師にこのお金を渡しましょう。それで、卒業までの学費はなんとかなります。
 消えてしまった火をあなたは見つめます。
 ――胸に湧きおこるこれが何なのか、あなたにはわかりません。

 才能のある者とない者の差は、残酷なほどはっきりしています。
 あなたが百の努力を積み、一伸ばす間に、弟は十の努力で百伸びます。
 才能がある者とない者の差は、残酷なほどはっきりしていました。

 いつの頃からか、弟は家であなたを治療してくれるようになりました。蔑み、見下しているのは変わらないのですが。
 治癒の魔法は中級で、あなたは初級しかできません。

 治療してくれること自体は、ありがたいことでしょう。あなただって、痛いのが好きはわけはありません。でも――弟の魔法を見るたびに、胸の奥で何かが痛くなるのです。学費のこともそうです。

 ありがたいことのはずなのに、胸がどうしてか、詰まりました。


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Date:2015/10/25
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