あなたは首を傾げました。
――なんだか、ダリルが優しい気がする。
これまで、ダリルとあなたは早朝の練習を少し一緒にやり、少しだけ話す、それだけの関係に過ぎませんでした。
けれど、この間から、ダリルは夕方、彼の家に招いてご飯を奢ってくれるようになりました。
これまで、学校の昼の給食と、弟の食べ残しと雑草のみで命をつないできたあなたは、目の前に広げられた御馳走に戸惑い、ダリルの家族に戸惑いました。
あなたはそこで、笑顔が絶えない家庭というものを、初めて見たのでした。
それはとても温かく、とても幸せで、とても……遠いものでした。
遅くまでお邪魔し、帰る時になると、ダリルがあなたの家まで送っていってくれます。
最初はいらないと断ったあなたですが、ダリルははっきりと言いました。
「いらないと思っているのはお前だけだ。今後、絶対、暗くなってから町を歩くな」
そう言うダリルに気迫負けをした、というより、言い返すほどのことでもなく、あなたは頷きました。
その日もまた、ダリルに送ってもらった日でした。
空には二つの月が浮かんでいます。まるでダンスをするように、二つの月は離れては縮まることを遥か太古から繰り返しています。
今、右側に位置し、空にかかる青白い月を「蒼月(そうげつ)」。
その左側に位置し、白っぽい月を「白月(しらつき)」と呼び、二つの月がお互いに近づき、重なることなく交差し、離れていくまでが三十日。
そして、二十カ月に一度、二つの月が重なるときがあります。
その月を「交重の月」。
空に浮かぶ二つの月は、ほとんど触れ合うほどに近づいています。交重の月が、今日より数日後から始まるのです。
交重の月は、決まって魔の干渉――魔物の攻勢があるため、こんな田舎町でもどこか慌ただしい空気が漂い、最前線へと運ばれる荷物がひっきりなしに送られていました。
魔法で明かりを灯された街灯がぽつぽつと灯る中、家路を歩いていると、不意に、ダリルが言いました。
「なあ。俺冒険者になるからさ、お前も一緒に来ねえ?」
あなたはかぶりを振りました。
「……弱いから、死ぬ」
あなたは魔力も弱く、ダリルのように子どもの頃からずっと武術を鍛錬していたわけでもありません。
体力は、このがりがりの見かけ通り、並みを遥かに下回っています。
そんなあなたが冒険者になったとしても、何ができるでしょう。足を引っ張り、死ぬだけです。
それは、ダリルもわかっているのでしょう。しつこく言うことはなく、別の提案をしました。
「……それじゃ、住み込みの仕事とかさ。父さんと母さんに相談したら、知り合いを当たってくれるって。とにかくお前は、あの家にいちゃだめだ」
この言葉にも、あなたは首を横に振りました。
どうして、という顔をするダリルに、あなたは言います。
「親に、お金を返さないといけないから」
――込み上がった激情を、ダリルは歯を食いしばり、手を握って、堪えました。
籠の鳥は、扉が開いても逃げられません。
逃げるということを知らないからです。
そうである以上、ダリルがどれほど手を差し伸べても無意味です。
あなたは、殴られることのない、飢えることのない暮らしを、知らないのですから。
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