交重の月間近に出現した強大な魔と、全ての感情を根絶やしにしたようなたった一人の生存者は、大きな噂になりました。
駆けつけた討伐官たちの質問に受け答えはするものの、放っておくとずっと同じ姿勢でそこにいる子どもの姿は、あなたを知らない人々の哀れを誘いました。
両親が目の前で魔に喰い殺されたからだと噂し、そしてあなたを知る近隣の住民は、いつもより一層輪をかけてひどい無表情に、さすがにショックだったのだろうと考えました。
誰も、あなたが両親を魔に捧げたのだとは思いませんでした。ひとりを除いては。
あなたの身内は、学校へ行き家を留守にしていた未成年の弟だけ。
あなたは数日、事情聴取のために人のいい討伐官の家に預かりになり、そこで、あなたに満ちる魔力が明らかになりました。
つい先日までの、百倍ほどの魔力。それは、『魔法使い』にも匹敵する魔力です。
珍しいことですが、稀に、こう言ったことがあるそうなのです。
魔に遭遇したこどもの魔力が跳ねあがることが。
あなたもそうなのだろうというのが、一同の見方でした。
そして学校へ登校し、検査をしてもやはり同じ数字が出ます。
これまで普通の魔力であったあなたが、いきなりその百倍の魔力を持つようになったのです。
少し騒ぎがおきましたが、これは是非とも王都行きの馬車に乗せねばという結論が出たのは、両親が死んで、五日後のことでした。
◆ ◆ ◆
目の前で両親が殺され、ショックで茫然自失になっている子どもに、その討伐官は優しくしてくれました。
もっともあなたの年齢を知ると少し口籠り、あばらが浮き出ているほど痩せている体を見て、何か考え込んでいたようですが。
長年魔と戦争をやっているこの国では、優秀な魔法の使い手はとても大事にされます。
そのため、あなたの両親がなくなり、あなたの保護者がいなくなっても、問題なく王都行きがきまりました。
先日、交重の月も始まり、魔の攻勢が強くなってきましたが、最前線から遠く離れたこの地においては、物流が盛んになったというぐらいの変化しかありません。
あなたが今回の交重の月で、活躍することはないでしょう。
ですが、交重の月は、二年に一度、やってくるものです。これきりではなく、次も、その次もあることです。
ですから今回魔を防ぐことも大事ですが、その次ぐらいには、次回以降活躍できる人材を育てることが、大事なのでした。
今まさに最前線では、その貴重な魔法使いたちが命を賭けて魔を削り、命を散らしているのでしょうから。
『その次』を担う人材は、絶対に必要なものだったのです。
王都行きを翌日にひかえたその日、あなたは、泊まっていた討伐官の家から外へ出ました。
天を見上げれば、そこには薄赤い月が天頂にかかっていました。
「蒼月」は言葉通りに青く、「白月」も白いのに、どうしてか、二つの月が重なる交重の月は、紅いのです。
それは今は薄紅ですが、日が経つにつれ、どんどんと赤く色づいていきます。そして、最後には、血赤の色となるのです。
その月をしばらく眺め、あなたは夜の町を歩きだしました。
冬に近い今、夜風は冷たく頬の皮膚を指します。あなたは魔法を使いました。
「
奉魔。《感知》」
初級でも魔法の四工程を、すべて口に出さなければ使えなかったのはもう昔。
今のあなたは脳裏でイメージをする事で、ただ一言で魔法を使う事ができます。
予想通り、あなたをつけてくる人間がいることを確かめて、三十分ほど歩いたでしょうか。
町はずれのそこには、渇水にそなえて造られた貯水池がありました。
薄紅の月の光を浴びて、水面はきらきらと輝いています。空気はしんと冴え、澄んだ静寂が広がっていました。
周囲は木立に包まれ、聞こえるものは遠くの獣の鳴き声ぐらい。町はずれのため人も来ない寂しい場所でした。
その池のほとりで、あなたは足を止めました。
あなたは美人ではありませんが、美しくはあります。
痩せ細った体すら、あなたの場合は美を構成する一要素です。
その通常ではありえないほど細い肢体は非現実感を漂わせ、あたかも神秘的存在であるかのようです。
月の化身のような子どもが池のほとりに佇んでいる。人はそう見るでしょう。
月の光を浴びて銀の髪は一層白く輝き、すべての感情がそぎ落とされた白い面もあいまって、小さな体は精霊の化身と見まごうほど超然とした美しさを宿していました。
あなたは、ただ、待っていました。
「……夜歩きは、危ないからやめろって、言っただろ」
やがて、出てきたのは、ダリルでした。
彼を見つめ、あなたは、ぽつりと言います。
「待っていた」
ダリルの表情が、引き締まりました。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0