あなたは予定通り王都行きの馬車(引くのは騎獣ですが)に乗りました。
戦争が恒常化しているこの国では、街道はすべて舗装されています。馬車には緩衝機構も組み込まれ、揺れも少なく、早く移動できる馬車のなかには、四人が座っていました。
ひとりはあなた。突然の魔力上昇により、ねじ込まれた人間です。
ひとりはあなたの弟。
もうひとりは弟の同級生で、さきほどからしきりにあなたをちらちらと見ています。
最後の一人は、現役の、資格を持った魔法使いで、魔法学校の教師のひとりです。
「魔法使い」は、魔法を職業にするなら必須の資格です。魔術師検定の受験資格でもあり、合格すると魔術師検定に挑むことができます。三級から一級魔術師までありますが、三級魔術師より一級魔術師のほうが遥かに数が少ないことは言うまでもありません。
教師は、今回、生徒三人を引率する係を割り振られた人です。
なんせ今は交重の月の真っただ中。多少の魔に襲いかかられても大丈夫なよう、将来有望な子どもたちを安全に護送するために選ばれた魔法使いで、ついでに気の毒な人でもありました。
なにせ、車内は、ぎすぎすした空気が充満しています。あなたはいつも通り人形のような顔で黙して語らず、あなたの弟はそんなあなたを睨みつけているのですから。
この険悪な空気を何とかしようと、哀れな生徒は声をかけました。
「な、なあ――ルテルクス」
ルテルクス、というのは、弟の名前です。
「……なんだ」
同級生に話しかけられ、さすがに無視はできなかったようです。
緊迫した空気をなんとかしようと、その少年は当たり障りのない提案をしました。
「か、かれを紹介してくれないか? 君のお兄さんだろう?」
「……こいつは女だ」
「え? お姉さん? ええっ」
選抜された生徒はあなたのその銀細工のような容姿をこれだけ間近で見るのは初めてで、ついつい目をやってしまうという様子でしたが、あなたの性別を聞くなり驚きと喜色に顔を輝かせました。
そこに、これまたさすがにこの空気が嫌になっていたらしい教師が冗談めかして割り込みました。
「おいおい。こんな場所で女の子を口説いたりするんじゃねーぞ? 王都まで十日はかかる。長いんだからな。間違いなんて犯すなよ?」
このやり取りの間も、あなたは表情筋ひとつ動かすことなく、黙って椅子に座っていました。
普通の少女なら、恥じらいの顔を浮かべたり、照れたり、嫌がる反応を見せるでしょう。
あなたは黙って真正面を向いたままでした。背筋をぴんと伸ばし、椅子に座ったままで。
その反応を見て、緩んだかに見えた空気は再び居心地悪くなります。
「ご、ごめん、こんな時に……」
「…………あー、すまなかった。不謹慎だったな」
彼らは一つ勘違いをしています。
あなたは、両親が死んだから、こうなったのではありません。あなたは以前からこうでした。
そして、それを知っている唯一の人物は、脇を向き、吐き捨てました。
「そいつはやめとけ。顔だけ綺麗な人形みたいなやつだよ。何考えてんだかわかったもんじゃねえ」
あなたは、そこで初めて身じろぎしました。
硝子玉のような目に見つめられて、弟は動揺しました。
「な、なんだよ」
「――二度と私にさわるな」
ぎょっとしたのは、同席した他の二人です。
二人が振り返ると、弟は芯まで青ざめていました。
その顔が、何より雄弁に事実を物語っていました。
「ルテルクス……おまえ」
声には嫌悪が満ちていました。
ダリルが知った時嫌悪感でいっぱいだったように、普通の感覚を持つ人には汚らわしいとしか思えないのです。
悪い冗談では到底片づけられない顔色、そしてあなたのたたずまいです。
痩せっぽちの体は見るからに非力そうで、体格差もあり、押さえこむのに苦労はないでしょう。
そして何より、納得してしまうほど、あなたは美しかったのです。
弟は血走った眼であなたを睨みました。その凄まじい形相たるや、同席者二人がたじろいでしまったほどです。
「てめえ……屑のくせにいいいっ!」
「
奉魔!」
狭い馬車内で、殴りかかろうとした弟の動きが止まりました。
教師の魔法です。まだ魔法使い見習いにすらなっていない生徒が解けるようなものではありません。
「――ルテルクス。その態度から見ると、真偽を論じるまでもないようだな」
苦い顔で、引率の教師が締めくくりました。
その後の車内の空気は……言うまでもないでしょう。
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