この知らせは、学院内を電撃の速さで駆け廻りました。
特に顔色を変えたのは、あなたのファンクラブ(もちろん非公認)と、あなたに以前告白して無惨に木端微塵になった人々です。
一体どうして、一体誰だと気炎を吐く彼らに構うことはなく、あなたは淡々と退学準備を進めました。
あなたの取っていた科目は「魔力拡張」、「魔力属性特化・氷」、「魔力属性特化・風」、「魔力探知」、「詠唱省略」です。
このうち必修は魔力拡張と詠唱省略です。魔力拡張は言うまでもありません。詠唱省略は、より早く魔法を行使する事が重要であるからです。
あなたがあの町で使った魔法は、物見が魔の軍勢の襲来を事前に察知でき、詠唱するだけの時間的余裕があったからこそ成功したのでした。
最前線での陣形は魔法使いを奥に、護衛役の兵士を前に、というのがセオリーですが、魔法使いが早く唱えれば唱えるほど、護衛役の兵士の犠牲が少なくなることは言うまでもありません。
あなたはそれぞれの教科の担当の教師にひとりひとり挨拶しにいきました。
「結婚します。退学します」
同じ台詞を、同じ無表情で、五回繰り返しました。
それぞれ口を全開にしたり、目を全開にしたり、奇声をあげたり、絶句したりと、反応は豊かでした。
「いったい誰と!」
という絶叫もお決まりでしたが、あなたは黙秘しました。
自分の重要性ぐらいはわかっていたので、あなたが口を割った場合、最悪ダリルに危害を加えようとする人間が現れるでしょう。
それはなんとしても阻止したかったのです。
そして、問題は学費です。
以前にも言いましたが、教材のすべては国費で賄われています。宿泊費も食費もいりません。衣服ですら支給されます。それらすべては国費です。
国の未来のために、投資しているのです。
教師によって落第の烙印を押され、退学になる場合は不要ですが、自分で勝手に退学する場合は、支払わなければなりません。
それができないのなら卒業し、魔法使いになり、働かなければなりません。
あなたの口座には、学費を賄えるほどのお金はありません。
考えた末、あなたはダリルに会いにいくことにしました。
◆ ◆ ◆
ダリルがどこに泊まっているかは、聞いていました。
朝早く寮を出て、フードを目深にかぶり、「白い雲亭」という中の下ほどの宿を訪れます。
そのとき、ちょうど朝食をとっていたダリルは目を丸くしました。
「え? うそ……来てくれたんだ?」
「ああ。少し、相談したい事があって」
あなたはダリルの前の席に座りました。
「相談?」
「結婚するから退学すると申し出たら学費を払えと言われた」
――ダリルが口にあるものを吹き出さなかったのは、褒めてあげてもいいでしょう。
あなたが結婚を第三者に宣言してくれたという嬉しさと、急激すぎる事態の発展に頭を混乱させながらも、ダリルはしどろもどろで言いました。
「……う、うん。え……っと、退学しなくても、いいんじゃないかな」
「退学しなかったら、魔法使いになってしまう」
「――ああ、そうか……」
蛇はああ言いましたが、信用はできません。魔法使いとして召集され、そこで蛇が体を乗っ取ったら……待っているのは、血色の未来です。
「わかった……いくら?」
一人前の冒険者であるダルクは稼ぎもあり、貯蓄もしていたのでいざとなれば自分が出そうという心積もりだったのですが。
「金貨五百枚」
ダリルは酢を呑んだような顔になりました。
「……なんだその金額」
人が、贅沢しなければ一生暮らせる金額です。
ゆっくりと、あなたはかぶりを振りました。
「それぐらいは、かかっている」
一級魔術師をひとり育成するのに、最低でも金貨千枚かかると言われています。あなたの場合、十年に一度と言われた才能でしたので大分短縮されましたが、それでも五百枚はかかっているでしょう。
その辺りを説明し、あなたは付け加えました。
「魔術特化の研究で教材として、魔宝石や、貴重な素材を随分使った。魔力拡張の授業でも、媒体として宝石を粉にしたものとか、魔核をだいぶ。魔法使いを育てるのは、お金がかかる」
「あー……そう、なのか」
「私の口座に、金貨四百枚ほどあるから、あと百枚、稼がないといけない。それで、考えたんだが、冒険者というのは稼げるんだろう?」
ダリルも、少し考える顔になりました。
「……そういや、あの町で……飛竜を含めて千匹を一発で倒したんだっけ……。たしかに竜種を五匹も倒せば、それぐらい余裕か……」
あなたはこくりと頷きました。
「私は冒険者じゃないから仕事を請けられない。ダリルに請けてもらって、一緒に行こう」
ダリルも考えましたが、それ以外に方法はなさそうでした。危険ではありますが、勝率の高い賭けです。
少なくともぱっと思いつくような、犯罪まがいの他の方法よりはいいでしょう。
「わかった。――で、魔法は何を使える? どれぐらいの詠唱速度で?」
頭を切り替えて、冒険者として、ダリルは尋ねました。
これからは命を預け合うことになるのですから、お互いの戦力把握は、必須です。
あなたも頷いて、手の内を開示しました。
「私の得意属性は水と、風。治癒は骨折まで治せるけど身体欠損はできない。風魔法で索敵して、遠距離から水か風で狙撃するのが得意」
えらく実戦的な答えに、ダリルは目を丸くしました。あなたはダリルの疑問に答えます。
「実習で、何度か魔と戦った」
「……学院ってそんなことまでするのかよ……」
「詠唱時間は、最上級か上級でなければ二フレーズで唱えられる。練度は中級の狙撃魔法が一番高い。中級の氷の弾丸と風の刃は、竜の鱗でも貫通できる」
「………これが魔法使いと一級魔術師の差かい……」
めちゃくちゃな言葉に、ダリルは疲れたように呟きました。
冒険者の中には魔法使いもいます。
だからダリルも魔法使いがどの程度のものか知っています。
普通なら中級魔法で竜の鱗は貫通できません。上級以上でないと傷ひとつできません。しかし、上級以上の魔法は詠唱省略が難しいので、唱え終わるまでいかに周囲が食い止めるか、それが全てです。
「……んー、じゃあ、風魔法で敵を探知して、相手が気づく前に遠距離狙撃だな。で、もし相手に先に気づかれて距離を詰められたら俺が食い止めるからその間によろしく」
ダリルの腕と剣では竜は傷つけられません。ですが、盾になることぐらいはできます。
たったの二フレーズ唱えるぐらいは、もつでしょう。
「最上級呪文は唱え終わるまでに三十秒以上かかる。おまけに効果範囲が広すぎるんだ。下手するとその辺り一帯の命が死滅して死の土地になってしまう」
「――あー……そういえば」
ダリルは思いだします。
自分の数歩前から、遥か彼方まで、一面凍りついていた大地。
さいわい、びっしりと魔の軍勢が覆っていたので問題になりませんでしたが、あの魔法を単体にむけて放ったら、一匹倒すのに森一つ死滅とか……洒落になりません。
あそこまでの極低温だと、植物も死ぬのです。そうなると生物も死にます。菌類なども全てです。土の中の微生物も死に、死の土地の出来上がりです。
「あの町では一回で昏倒してしまった。今は立っていられるけど、魔力のほとんどは無くなってしまう」
「うん、その呪文はナシでいこーな。それから?」
「上級魔法は十秒ぐらいで唱えられるけど、正直言ってあまり使えない。中級魔法を連発した方がいい」
「上級魔法は、範囲魔法?」
「うん。でも、魔力を多く消費して、中級の風の刃を大きく持続時間を長くした方が使い勝手がいい」
「あ、なるほど……。草刈りみたいに刃を出して、まとめて倒すんだ」
「うん。遺体の損傷が少し、大きくなってしまうけど」
あらかた聞き出して、ダリルは今度は自分の手の内をさらしました。
ただそれは、
「悪いけど、俺には竜とやり合うだけの力はない。お前任せになっちゃうと思う」
という、情けないものでしたが。
まだ十八歳のダリルは、冒険者として一人前になったところで、とても竜種と戦えるだけの力はありません。一級魔術師確実といわれているあなたの力頼りになってしまうでしょう。
けれど、下らない見栄を張らず、自己を過信もせず、正直に自分の戦力を申告したダリルに、あなたはふんわりと笑いかけました。
「うん。頑張る」
――その笑顔の可愛らしさにダリルが内心悶えているとも知らず、あなたは立ち上がりました。
「依頼を見に行こう?」
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