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あかね雲

□ 硝子の瞳のあなた □

19 魔法使いにならないために


 二人で依頼票を見に行ったところ、ちょうどいいものがありました。

 騎獣を借りて、日帰りできる範囲内で、危険度は高くていいから実入りのいい依頼という条件にぴったりのものです。
 竜種の最下位、第十階位の赤蜥蜴の討伐。

 一匹討伐するごとに最低金貨十枚。赤蜥蜴を持ち返ったら、最低でも金貨十枚。状態により要鑑定のうえ上乗せ。
 騎獣の借り賃が一日金貨一枚ですから、成功すれば充分もとがとれます。
「今日は装備を整えて、明日行こうな」
「わかった」

 あなたは頷きました。授業は無断欠席です。もう卒業する意志はないので構いません。
 あなたの預金が金貨四百枚もあったのは幸いで、それだけあれば充分に装備が整えられます。
 ダリルはあなたに断りを入れて、そこから金貨二十枚を取り出してあなたの装備――隠蔽と防御付与がかかったローブと、自分の盾を買いました。

 竜種との戦闘において、ダリルにできることは、あなたの盾になることしかありません。
 そして、これまで彼は身軽さを追求し、剣と皮鎧のみで盾を持たない方式(スタイル)だったのです。盾を持ってもいなかったので、どうしても買う必要があったのでした。

 さくさくと必要品を決め、買い求めていくダリルの姿にあなたは感心していました。
 これが本職の冒険者というものかと、感銘すら受けていました。
 ダリルは自分の力を分析し、勝つためにはあなたの力を十全に引き出すのが最良だと結論を出すと、あっさりと自分の方式を捨てて盾を取ったのです。

 これまで、それで結果を出してきたのでしょうに。愛着も、プライドもあったでしょうに。
 軍資金として、預金に手をつけるのもあなたにはできないことでした。
 金貨五百枚もの大金を借金として抱えている今、いくら返済時に五百枚あればいいのだとしてもあなたなら手をつけられず、そのまま眠らせてしまいそうです。

 こうした判断力はあなたなど足元にも及ばぬもので、買い物を終えた帰り道、あなたはダリルの手を引いて見上げました。
 すでにあなたが着ているものは隠蔽の魔力がかかっているローブになっているので、フードをしていなくても目を引くことはありません。

「ダリルはすごい」
 正面から言われて照れたダリルは自分より頭一つ以上小さな魔法使いを見下ろし、照れ隠しにおどけて言います。

「惚れなおした?」
「うん」
 素直な同意こそが最も攻撃力があるのだと、ダリルは思い知らされました。

     ◆ ◆ ◆

「可愛いんだ! 可愛いんだ! すんげー可愛いんだ! どうしたらいいんだ俺はっ!」
「知るか!!」
 その日の晩、全身全霊を込めての叫びが酒場に響き渡りました。

 騒がしい店内の一角で三人の男が酒を飲んでいました。
 一人はダリル、もう二人はその知人なのですが、ダリルに捕まった不運な人たちです。

「なんで! 俺が! お前のノロケを聞かなきゃいけないんだ!」
「言いたいからだ!」
「うわ言い切りやがったよこの野郎!」

「三年前からずっと好きで、三年ぶりに会って駄目もとで告白したら私も好きだったって言われたんだぞ! 恥じらう顔がすんげー可愛いんだぞ! もう生きてて良かったと思ったね、俺は!」
「――なあ、コイツ、殺していいかな」

「一文の得にもならないからやめとけ。それにガキの恋なんてこんなもんだっただろ」
「あーあーあー……。まあ……そうだったなあ……。俺も村祭りで告白して了解もらったときには地に足つかなくてよ……」

「そうだろそうだろ! 俺の気持ちわかるだろ! 今度結婚するんだ!」
「……結婚? 随分はええな」

 早いというのは年齢的にではありません。十八で結婚するのは珍しくありません。交際期間のことです。
 ダリルの言葉からして、つい最近交際がスタートしたようで、もう結婚というのは……。

「ま、コイツは冒険者だしな……。早い方がいいか」
 二人は納得します。死期の早い危険な職業は、後にするといつぽっくり行くかわからないため、早めに挙げておこうという人は少なくありません。

「で、結婚式はいつだ?」
 はたと、ダリルは止まりました。ぼそぼそと言います。
「……彼女に、借金があるから、それを一緒に働いて返してから……」

 ぐぐっと、二人の眉間にしわがよります。
「借金?」
「一緒に返す?」

 ダリルはこう見えても一人前の冒険者。かなりの高給取りです。
 二人の脳裏にこれまで聞いた情報が駆け巡りました。
 故郷の町で一緒だった少女。話からして、かなりの美少女らしい。そんな少女が三年ぶりに出会って告白したら都合よくも「自分も好きだった」と言い、「結婚したいから借金を一緒に返済して」と言う……。

 ――二人が出した結論は、同情たっぷりにダリルの肩を叩くことでした。

「うん、うん。お幸せにな」
「そうそう。あー、困ったことがあったら、来いよ。働き口ぐらいは世話してやっから」
 いきなり機嫌がよくなった二人に戸惑いつつも、ダリルは思う存分のろけるのでした。

 あ、もちろんその少女がこの町でも有名な「銀細工の君」であるとか、一級魔術師間違いなしの学生であるとか、今度一緒に冒険に行くとかは言ってませんよ?



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Date:2015/10/26
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