「一級魔術師、かあ……」
呟きに、あなたはそっとダリルの様子を窺います。
嫌われたのかと、怯えながら。
周囲が思っているよりずっと、あなたは人の心の機微に敏感でした。
あなた方の目の前には、いつものように一発で殺した力竜が三体倒れています。
遠隔で敵を察知し、狙撃。
それだけで、敵は倒れました。拍子抜けしてしまうほど簡単に。
「ダリル……?」
ダリルは振り返り、あなたの表情に気づいて慌ててかぶりを振りました。
「あ、違うんだ。一級魔術師は、やっぱり違うなって。すごいなって。今は、最前線にどうしても力のある魔法使いが集まってしまうから」
それは、一部では深刻な問題でした。まともに戦ったら、一流の冒険者でも竜種と渡り合うのは難しいのです。敏捷な相手に、鉄以上の硬度の鱗を貫く斬撃を浴びせることなど、一流以上の冒険者でも難しいのですから。
あなたがこんなに簡単に倒せるのは、相性の問題。
竜の鱗を貫ける魔術と、遠距離射撃を持っているという有利(アドバンテージ)のおかげです。
「ダリルは、怖くないか?」
ダリルは屈託なく笑って頷きました。
「怖くないよ。むしろ、すげーって思う。これで、借金も返せるし」
これで三回目の討伐です。今回は力竜を三体も仕留められました。これを持っていけば予定額を軽く超えます。
獲物を袋に詰めると、陽が沈みかけていました。ダリルは少し道を戻って野営の準備をします。
野営に相応しい場所は、ダリルが見定めました。あなたには、どういう場所が駄目で、どういう場所ならいいのか、わかりません。
ダリルが決めたのはそそりたつ岩肌の小さな窪みで、もってきた野営道具を使って廂(ひさし)を作ると、枝を拾い始めました。
「枝拾ってくれる?」
「うん」
「生木は出来るだけ避けて。索敵は常に忘れないで。俺から離れず、敵がいたら、すぐ声を出して知らせて」
「わかった」
素直に、あなたはダリルの言う通りにします。
ダリルと二人で集めた小枝を、ダリルは二種類に分類すると、即席のかまどを組み立てました。
あなたにはできませんが、木を組み合わせて櫓のようにして火をつけるのです。
どうして二種類に枝を分けたのだろうと思っていると、ダリルは教えてくれました。
「こっちの枝が、火付きがよくて良く燃えてすぐ燃え尽きる木。で、こっちが火付きが悪くて、火が長持ちする木。木の種類によって、ちがうんだよ」
簡単な夕食をとると、ダリルは夜番を引き受けてくれました。
「俺は何にもしてないし。ゆっくり休んで」
毛布をかぶっていると、ぱきん、ぱきんという音が定期的に響きます。
集めた枝を、ダリルがちょうどいい大きさに割っている音です。
長いものは二つに。小枝は折って、太いものは縦に裂いて。
焚火にダリルが魔よけの香をくべたので、魔の心配はいりません。後は火が絶えないよう、時々枝をくべて番をするだけです。
――敵を倒すのはあなたですが、それだけでは、冒険者としてやっていけないことぐらい、あなたにだって判っています。
こんな短期間に効率よく稼げたのは、割のいい依頼を選ぶこと、移動手段の確保、移動、素材を売ること、野営など、その他のすべてをダリルがやってくれたからこそです。
あなた一人では、騎獣に乗ることすらできません。信頼できる護衛を見つけるにしても、金貨何十枚もの価値ある獲物を前に、豹変しない人を見つけるのは至難の業です。
いえ、そもそも、あなた自身が一級魔術師というお宝なのです。そして、竜種を一撃で倒せる魔術師も、背後からの不意打ちにはまるで無力なのですから……。
毛布に包まってダリルを見ると、その火に照らされた横顔はどこか思い詰めた気配が感じられました。
どうしたのでしょう。
『そなた、不安か? こ奴に甘えているばかりで、何も返しておらぬ現状では、それはそうだろうな』
内側から響いてきた蛇の声に、あなたはぎくりと体を強張らせました。
そうなのです。
もしかしたら、ダリルは嫌気がさしはじめているのかもしれません。
こうして危険を犯して魔を討伐しても、ダリルには一銭も入ってきません。全額あなたの学費返済にいきます。彼に甘えられるだけ甘えているだけ……そう言われても、反論できません。
それに、なにより、未来に絶望しか感じられず、いつ自害するべきか、そればかりを考えていたあなたに、未来を指し示してくれたのは、ダリルなのです。
「ダリル……ありがとう」
焚火の番をしていたダリルはあなたを振り返ると、ぎこちなく頷きました。
何か様子が変です。ことばが、上っ面を滑り、届いていない感覚。
違和感の原因を探り、すぐに答えは出ました。――あなたを見ようとしていないのです。
見る事を避けているような印象すらあります。
思えば、あなたは、ろくに気持ちを伝えることもしていません。どれほど感謝しているか、……どれほど好きか。
あなたは体を起こすと、ダリルを見つめて一生懸命言葉を紡ぎました。
「ダリル。ダリルと会うまで、私は……いつ死ぬべきか、どうやって死ぬべきか、そればかり考えていた」
いきなりの話に、ダリルはきょとんとした顔でした。
「え……あ、う、うん」
「ダリルに、結婚しようって言われた時、すごく嬉しかった。闇しかない場所に、突然光が差し込んできたような気がした」
あなたは頭を下げます。
「私を……助けてくれてありがとう」
最初、突然の言葉に戸惑いを帯びていたダリルの顔が、だんだんと引き締まっていきます。
やがて、おずおずと、何かに怯えているようなダリルの声が響きました。
「…その、俺は、まだ……はっきりと、言ってもらってなくて……。君は、俺が、好き?」
「好き」
顔を上げ、はっきりと、目を合わせて、あなたは即答しました。
ぽろっ。ダリルの顔が赤くなり、手に持っていた枝が落ちました。
「誰より好き」
「……ごめん、ちょっと、待って……」
震える手で枝を拾って、ダリルは深呼吸しました。
「俺の……理性が、やばいので、何とか、その、あの……それ以上言わないでほしいような言ってほしいような……」
「私のことを、嫌いになったんじゃない?」
「まさか!」
驚いた顔で断言されて、あなたは思い違いに気がつきました。
「私が、怖くなったんじゃない?」
「え……なんでそんなことで嫌うんだよ? 君の力はそりゃあすごいけど、なんでそれで俺が嫌わなきゃいけないんだ? 君のお陰で、この近くの町の人は助かる。持っていった素材で、もっとたくさんの人が助かる。薬にもなるし、装備品にもなる。君はたくさんの人を助けた。素晴らしいことだよ。どうして嫌うんだ?」
……あなたが思っていたよりずっとダリルの度量は大きいようでした。
自分が敵(かな)わない敵をあなたがあっさり倒しても、素直にそれを認めて賞賛できる人なのです。
「ごめん、ダリル。あなたを見損なっていた。何か様子がおかしかったから……」
「あ……うん、それは、その……」
ダリルの顔がまた真っ赤になります。
言いづらいことですが、言わなければ誤解されたままとあっては、言わざるをえません。
「その……男にとっては好きな女の子と夜に二人っきりという状況が、つらいというか、よこしまな考えが、その……」
接吻ぐらいいいかなという煩悩と、そんな場合じゃないということと、そういえば好きだとちゃんと言われたことが一度もないという事実に思い至ったことがせめぎ合い、不自然な態度になっていたのでした。
結婚を約束した女の子と、夜、二人きり。
まともな男なら何かを感じてしまう状況です。
悶々としたモノを枝にぶつけた結果、ダリルの隣には処理済みの枝がこんもりと積まれていました。
あなたは不自然な態度の理由を知ると、ふと、微笑みました。
不意の笑顔に見惚れているダリルに手を差し伸べます。
「ダリル、来て」
怪訝そうにしつつもダリルが目の前までくると、あなたは抱きつきました。両腕でしっかりと背を抱き締めると、自然と頬は彼の胸に密着します。ダリルの匂いがふわりと鼻をくすぐりました。
「あ、あの……」
「一緒に寝よう」
腕の中の、逞しい体が固まりました。
「――あの。意味、わかってる……?」
もちろん、判っていないはずがありません。
あなたはその青い瞳で指呼の距離からダリルを覗き込むと、そっと唇を重ねました。
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