生まれ故郷の町は、記憶と変わらない姿でした。
一般的な街とおなじ造り。分厚い街壁に囲まれ、街道に接続した大門が大きく開かれて活発に人が行き来しています。
街道をそのまま行けば街の大通りに入り、そして大通りをずっといけば魔術学校があります。
記憶と変わらぬ佇(たたず)まい。
あなたはその様子にふと微笑み、そして笑える自分に気づいて背後のぬくもりに頬を寄せます。
そして小路に入り、何度か曲がって住宅街の一角が、あなたの住んでいた家です。
あなたはそこで騎獣を止めて、下りました。
フードを取ると、変わらぬ銀髪と美貌があらわになります。
目の前には、新しく建ったらしい家があります。
あのあと、誰かがここの土地の権利を買い、そして建てたのでしょう。
あなたは黙ってその家を見上げます。その表情に怒りはなく、かといって無表情とはちがう、静謐なものでした。
ダリルも騎獣から降りて、黙って寄り添ってくれました。
弟が追放処分になったことは引率の教師が連絡したでしょうから、両親の遺産はあなたのもののはずですが、興味はありません。誰が権利をかすめ取ったにせよ、あなたにそれを騒ぎ立てるつもりはありません。
「あ……」
高価な騎獣をつれ、道に立って黙って家を見つめる二人の姿は密かな注目を集めていましたが、通行人の一人が思わず声を上げました。
振り返ると、かつて近所に住んでいた人でした。あなたの姿を、見覚えていたのでしょう。
あなたは良くも悪くも、近所では目立つ存在でしたので。
あなたは柔らかく微笑み、頭を下げます。
「こんにちは。お久しぶりです」
その婦人はあなたの笑顔に驚愕の顔を浮かべ、そして、時の流れの偉大さに思いをはせたようでした。
あの、硝子玉の目をした痩せっぽちの子どもはもういません。
穏やかに微笑む妙齢の美しい女性がひとりいるだけです。
「……あ、ああ。アトーシェ……だね。十年ぶりぐらいかね……。大きくなったね……それに、まあべっぴんになって!」
婦人の顔に喜びが広がります。
家庭内のことだからと立ち入ることは憚られましたが、あなたがしょっちゅう痣や傷をつけていたことに、心苦しい思いをしていたのです。
「そっちの人は?」
「夫です」
「結婚したのかい! ああ、ああ! よかった……幸せにやってるんだね!」
「はい」
「この町に戻るのかい?」
「いえ。……今日は、墓参りに来たんです」
父母の墓が建てられた場所を、あなたは知りません。
婦人は複雑そうに笑って、「墓参りしてくれるんだね」と場所を知っているだろう人を教えてくれました。
両親の眠る墓地は、共同墓地の中にありました。
あなたはその墓の前で跪いて両手を組み、それに額をあわせて、長い事祈っていました。
ダリルはそんなあなたを、じっと見守っていました。
あなたが両親にどんな感情を抱いているのか、ダリルにはわかりません。あなた自身にもわからないでしょう。
ダリルには、あなたの両親に対して否定的な感情しか持てません。
でも、あなたは違います。
かつて、あなたはダリルに両親が憎いと言いました。
でも、憎いだけではないということは、ダリルにでさえわかりきったことでした。
あなたは、両親を愛していた。
愛しているから、憎かったのです。
今回、墓参りに行きたいとあなたが言いだしたとき、ダリルは驚きましたが賛成しました。
こうして墓参りをすることが一つの区切りになるでしょう。
あなたの両親の墓を知っていたのは、あの家に現在住んでいる家族でした。あなたの親戚だということですが、真偽はわかりません。あなたは両方の親戚に嫌われ、親戚づきあいなど許されておりませんでしたので。
彼らは墓の場所を教えるとともに、遺品を渡してくれました。
――金庫の中に入っていた、小さなもみじ。
赤ん坊の手形です。
ここでは、生まれたばかりの赤子の手形を取っておく風習があるのです。
もみじの隣には名前が書かれ、その紙が二枚。
アトーシェと、ルテルクスの、二人分ありました。
そして余白には、こう書かれていました。
――この子が健康に育ちますように。
――この子が幸せでありますように。
父と母の、筆跡でした。
◆ ◆ ◆
辺境の町を巡り、そこで出没する魔を退治して歩く夫婦の話は、やがて多くの町に広まります。
町から町へ。魔を狩る凄腕の冒険者として。
死後、あなたは一冊の手記を残します。
そこには、二人と使い魔(・・・)一匹の、楽しい珍道中が書かれていました。
そして最後は、自分にこの幸せを与えてくれた夫と、使い魔への、数え切れないほどの感謝の言葉で締めくくられていました。
生きていてよかった。死ななくてよかった。
私に生きる喜びを与えてくれて、ありがとう。
私に幸せをくれてありがとう。
そして、少しの間をあけて、両親にも一言、言葉が添えられていました。
――私を、産んでくれて、ありがとう。
これにて完結です。
読んでくださってありがとうございました。
「この小説を読んだよ」の記念に感想を下さると嬉しいです。
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