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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-16 築いてきたもの


 コリュウはびくんと体を震わせた。

 ぱたぱたと羽を動かし、部屋を猛スピードでぐるぐると飛行する。泳ぎ続けなければ死んでしまう魚のように。
 エルフのマーラが不思議そうに尋ねる。
「どうしたんです? コリュウ?」

「クリスが……クリスが!」
 マーラの顔がさっと引き締まる。
「クリスがどうしました?」
「わかんない……わかんないけど、呼んでる! 助けを求めてる! 助けてくれって言ってる!」

 マーラも、ダルクも、パルも、全員が即座にそれを信じた。

 だが、部屋に張られた結界が、彼らの行動を制約する。
「―――ダルク。あなたの最大魔法を。私もそうします。コリュウもいいですね」
「うん!」
「了解した」

 城が半壊しかねない危険な賭けだ。少女がこの城にいれば、崩壊した瓦礫で傷つく可能性がある。彼ら自身も、無傷では逃げられないだろう。死んだり重傷を負う可能性も高い。
 閉じ込められた人間が、城が半壊する規模の爆弾を使って扉を爆破して逃げようとするようなものだ。だが、他に手はない。
 呪文を詠唱しかけた瞬間、不機嫌な声が割って入った。

「おい。俺様の張った結界を崩すな」
 扉が開き、魔族の王が現れる。結界は、四名以外は素通りできる。
 コリュウは彼に突撃した。

「魔王! お願いだよ、ボク達をここから出して! クリスが……クリスが助けを求めているんだ!」
「―――あの娘が?」
 突拍子もないその一言を、もちろん魔王は信じた。少女を帰還率ゼロの迷宮に赴かせたのは、彼なのだから。

 魔王は素早く決断した。右手を上げ、ぱちんと指を鳴らす。
 結界が破れた。張った本人なのだから簡単だ。
「ついてこい。道々、事情は話す」
 ゲートまでの道すがら、少女にした依頼を話し、魔王はゲートの前で立ち止まった。

「で、どうする? このゲートをくぐれるのは乙女だけというチョー難関だぞ」
「おれがいく!」
 そう言ったのは、手のひらサイズの小さな人間だった。

「お前がか? だが……」
「この手の制約は、人間サイズでないと反応しないことが多い。クリスだって、剣やら荷物やら持っていっただろ。それは無条件でパスできた。俺は、その剣よりずっと小さいんだぜ」
「……ふむ。そうか……。そうだな、お前なら通れるだろう。だが、行ってどうする? お前に戦闘能力はないだろう?」

「なんとかする! クリスを助けたいんだ!」
 理屈もなにもない、もはやデタラメな感情論だが、人の心を動かす力はあった。
 暴論には暴論なりの、力があるのだ。

「……よし。じゃあ、俺様の力を少し分けてやろう」
 爪の先ほどの小さな青い光が小人に渡される。
「ただ一度だけ、どんな攻撃も無効化する。ただし、効果は一度だけだ」
「その手がありましたか。じゃあ、私も……」
 エルフのマーラが同じようにする。

「一度だけ、火炎が呼び出せる魔法です。ですが、威力は貴方の魔力に比例する。そうですね、焚き火程度です」
 ダルクは二人のやり方をじっと見て、魔力の流れを真似てやってみたが上手くいかない。コリュウも同様だった。

 やはり、魔法の最優秀種族であるエルフ族や、魔王の真似はダルクには荷が重い。
 なので、黙ってまごついていた。
 物品を託そうにも、パルのサイズがサイズだ。持てない。

 見るに見かねて、呆れた様子でマーラが口を出した。
「魔法や、モノだけが託せるものではないでしょう」
 あれを見なさい、とマーラがコリュウを示す。
「パル……パル! よろしく、おねがい、お願いね、クリスを助けて、おねがい……!」
 コリュウがぱたぱたと羽をはばたかせながら言い、パルはしっかりと頷いている。

 そういうことか……。
 ダルクも、パルをつまみ上げ、掌の上にのせて目線を合わせて言った。
「―――あの馬鹿娘に伝えてくれ。お前のお陰で、思ってもいない事ばかりが起きる、大変迷惑だ、責任取れと」

「素直に彼女を頼むと言えばいいものを、ほんとうにどうしようもない人ですねー」
「……頼む。あいつを助けてくれ」
 小人族のパルに、それぞれ託せるものを託す。魔王とマーラは魔法を、コリュウとダルクは、気持ちを。

 緊急帰還アイテムは糸玉の形をしている。故事にならった形をし、その中に魔法を込めると魔力の定着率がいいのだ。
 だが、それは、パルの身長と同じほどもあった。
 人間に置き換えれば、直径が自分と同じ大きさの玉を持つようなものだ。持てるはずがない。
 つまり、片道切符。
 共倒れの可能性もあり得る危険な選択だった。

「……最後に聞くぞ。いいんだな?」
「ああ!」
 パルは、ゲートをくぐった。


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Date:2015/10/29
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