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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-17 暴かれた正体


 転移が終わり、ブレている感触が消えると、パルは油断なく周囲を見回した。
 整然とした美しい迷路。一本道のまん中にパルは佇んでいた。

 白い壁、石畳、魔法の明かりで煌々と照らされた迷宮。
 誰もが、そう見るだろう。
 だが―――隠蔽魔法は小人族の専売特許だ。そのパルの五感に、訴えるものがあった。
 これはおかしい、と五感が叫んでいる。
 パルはそれに従って、壁をめくり上げてみた。

 石壁の壁と床の境目を、つついてみたのだ。
 かすかに魔法が揺らぐ気配がして、確信に変わる。パルはゆらいだ魔法を両手でつかみ、引き剥がした。

 それは極めて高度な隠蔽魔法だった。
 小人族でも、半分近くは気づくまい。
 つかんだ感触から、パルは悟っていた。これは、入り込んだ者を「迷わせる」。それも、精神的に。
 視界が歪み、パルは目を閉じる。

 目を開けたとき、そこにあったのは、ただのぽっかりとした空間だった。
 広さは、あの魔王城の大広間程度だ。広いと言えば広いが、迷宮といえるような大きさではない。
 迷宮に見えていたのは隠蔽魔法だ。
 ありもしない迷路をぐるぐると巡るうち、犠牲者は心の迷宮に入り込み、出られなくなる。

 恐ろしく高度な隠蔽魔法と、幻覚魔法が併用されていた。この迷宮の製作者は、かなりの根性悪だ。
 その空間に、少女が倒れていた。
 その傍らに、一人の魔族の青年。

 パルの取り柄はその小ささと、隠蔽魔法だ。
 隠蔽魔法は小人族が最優秀種族。エルフさえも、こと隠蔽魔法に関しては小人族の後塵を拝すのだ。

 少女は意識がないようだ。
 魔族の青年は、そんな少女の上にかがみこみ、その髪や頬を撫でている。無力な獲物を前に、どう料理するかと思案する、肉食獣の笑みだった。

 気づかれないよう近づきながら、パルは自分に言い聞かせた。
 機会は一度きり。
 冷静に、冷静に。
 魔族の青年が少女の服を脱がし始めたのを見て、尚更強く思う。
 冷静に、冷静に!
 少女を助けられるのはパルだけ、ここで逸(はや)ったら二人とも死んでしまう。
 こいつには後でたあっぷりとお礼をしてやればいい。今は救出と脱出だ!

 人間の足ではほんの数歩でも、小人の足では全力疾走で数分はかかる。
 息を切らせながらパルはそれにたどりつく。
 パルにとっては自分の身長ほどもある巨大な糸玉。人間にとっては手のひら大の糸玉。
 少女が取り落としたものだった。

 パルはその糸玉を、思いきり少女たちの方へ蹴り飛ばした。
 糸玉が転がる。小人の力なので、さほど進まない。
 それを何度も繰り返し、少女たちにほど近いところまできたところで、魔族の青年も気づいた。
 パルの姿は隠蔽魔法で見えない。だが糸玉は見える。糸玉が転がっている、そう見えただろう。
 自分の近くまで転がってきた糸玉を見て、青年は自然な行動に出た。
 怪訝な顔で手を伸ばし、それを取り上げたのだ。
 ―――読み通り!
 糸玉にくっついていたパルは、一緒に引き上げられる。顔までごく近い。

 この間合い。
 たとえ焚き火程度でも、この間合いなら話は違う!

 パルは青年の顔面に全力で火炎を叩きつけた。
「うぎゃうっ!」
 青年は糸玉を取り落とした。
 糸玉が落下する。パルと一緒に。

 運はパルに味方した。
 その糸玉が落下した先に、少女の体があったのだ。
 小人は玉にしがみついたまま、少女の体に触れた瞬間、解放のキーワードを発した。
「送還!」

     ◆ ◆ ◆

 小人族の姿が消えた後、さほども経たずに二人が戻ってきた時、魔王は目を疑った。
 意気込みは認めるが、あくまで意気込みだ。小人族の戦闘能力は無に等しいし、少女を連れて戻れる可能性など、ほとんどないと思っていた。
 だが、小人は戻った。少女を連れて。
 魔王は畏怖すら感じて少女を見やる。
 あのままなら、少女は死んでいただろう。だが、死の招きを仲間が追い払い、こうして無事戻った。

 この人望、この強運―――勇者の称号を持つだけのことはあった。

 マーラが少女のとなりに膝をつき、のぞきこんでいたが、魔王を振り返った。
「手を貸してください。自然な眠りじゃありません」
「わかった」
 魔力は、波紋。
 その流れを理解し、自分でも空気を波打たせることができるようになることが、魔法を使うということだ。

 センスのない者にとってはさっぱりだろう。現に、人族は僅かな例外を除いて、魔法を行使できない。少女も、魔法の素質がない大多数に属する。
 逆に、エルフで魔法が使えない者はない。
 魔族も、ほとんどの者は魔法を使える。
 多種多様な種族の混在している社会。
 それぞれの種族は何かしら「一芸」に秀でている。
 だから、少女のように、多種多様な種族を味方にできれば、それは非常に強い力となるのだ。

 たとえば、先ほど少女を救うことのできたのは小人族だけだった。……たとえ魔王でも、ただ手をこまねいているしかなかっただろう。
 少女を覆うものをイメージし、それを解きほぐす。
 傍らのエルフ族は、さすがエルフというべきか、魔王を邪魔せず、補助する。
「―――魔王」

 少女は、目を覚ました。
「あなたに、言わなければならない事が、あるの」
 少女は、何をまずするべきかを、一瞬たりとも迷わなかった。
 強い眼差し。
 たった今、昏睡状態から回復したというのに、少しの揺らぎも感じられない目だった。
「なんだ?」

「あなたの、あの、侍従。すごく綺麗な、彼。彼が、通行印を奪った、本人よ」
 魔王は目を見開く。
「そんな……ばかな」
 反駁の声は、小さくなる。

 瞬時に、脳裏でいくつもの可能性が試行されたのだ。
 ―――通行印を持ちだすのは、彼ならばできる。
 少女は、それだけを告げると、また意識を失ってしまった。

 少女に触れたエルフの青年は言う。
「―――今度は、普通に眠っているだけです」
 彼は、魔王を振り返った。
「……どうします? 魔王」


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Date:2015/10/29
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