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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-19 いざ出陣!


 少女の胸ポケットからぴょこりと頭を出している小人がたずねた。
「なんだなんだ? なに?」
 少女は答える。
「扉の外、部屋の周囲に、人が集まっているわ。気配は険呑だから、まあ、そういうことでしょうね」

「ふむ。……集まっているのは城の半分ほどか。残りは様子見といったところだな」
 少女は魔王に尋ねる。
「あなたの忠実な部下はいないの?」
「うーむ。十神将という奴らがいたが……」
「いたが?」

「高齢でひとりは引退、一人は持病の水虫が悪化して療養中、一人はこの間訓練中に誤って大怪我、ひとりは戯れに手を付けた娘が孕んで現在家族会議のため帰省中……という有り様でなあ」
 少女は頭痛がした。
「まともな部下はいないのっ!」

「うむ。まともな真面目な部下もいることはいるんだが」
 なんだか、少女はとっても嫌な予感がした。経験からくる学習である。
「外のグループとまざって和気あいあいとやってるぞ」

「…………あなた、ひょっとして人望ない?」
 ぐさあっ!
 少女の放った言葉の暴力!
 魔王にクリティカルダメージ!

 マーラも追い打ちをかける。
 元々彼らは少女を閨に引き込もうとした魔王にいい気持ちを持ってはいない。
「ふつう、魔族は本能で魔王を慕うんですけどねえ。彼らは、力がイコール魅力です。魔王ほど力がある相手となれば、魅力あふれる人物、と写るはずなんですけどねえ」

「まあそう言ってやるな」
 ダルクが、さすがに気の毒になってそうフォローする。
「確かに力ある者に惹かれるのは魔族の本能だが、金銭への欲望もちゃんとある。欲によって買収されたんだろうさ」

 魔王が救われたようにダルクを見た。
 少女も話を元に戻す。
「彼、来てる?」
「……ふむ。いることはいるが、人垣の外だな」

「いいわ。そこまで突撃するから。……たあっぷり、お礼しないとね!」
 目と目で、話をする。この会話は聞かれている可能性がある。魔王も頷いた。
「通行印の関係もあるからな。ここで、捕まえておきたいところだ」
 ここで逃せば、また、あの迷宮に行かなければならない。

 それを思うと、剛毅な少女でさえ、心がすくむのを感じる。
 何としても、ここであの男を捕えてケリをつけたかった。
「そろそろ、来るよ?」
 コリュウが皆の注意を引く。

 少女の顔が引き締まり、てきぱきと指示した。
「いつもどおりに、いくわよ。コリュウ、扉が開いたらでかいのお願い。私がそこに飛び込むから」
「あー、それだがな、その……できれば、だが。できるだけ、殺さんでくれると嬉しい」
 少女も、他の仲間も、意外さを隠さず魔王を見返した。
「どうして? あなたを、裏切ったのよ?」

 コリュウもぱたぱた羽ばたきながら言う。
「まさか……また、仕えさせるの?」
 魔王は胸を張った。
「俺様は魔王だぞ。造反のひとつやふたつ、気にもならん。魔王たるもの、裏切った部下の百人ぐらい、気にせずこき使うぐらいの度量がなくてどうする」

 少女はちょっと、この魔王への評価を改めた。……結構、大物かもしれない。
 了解、と少女は頷く。もとより、そのつもりだ。
 扉が開く。
 飛び込んできた人々を迎えたのは、ドラゴンのファイアーブレスだ。
 炎は扉を越え、部屋の外に集まっていた人々を飲み込む。
 そこに、少女が飛び込んだ。

 手には魔剣。炎神の加護をもち、数多の戦場を駆け抜けた、歴戦の剣士。
 少女は業火の中、炎に惑う人々を薙ぎ払う。
 相手はただの一人だというのに魔族の集団はその速度に追いつけない。火傷にうめき、炎の熱さを感じる暇もなくそれは傷の熱さと変わった。

 四肢を狙って切った。
 手足を切り落とされた者は、戦意を喪失する。実質的な戦力外とみていい。

 少女の目から見れば誰も彼も遅すぎる。コリュウの炎で痛みと熱に硬直していれば尚更だ。動きを先読みし、剣をそこへ置く。振るった刃は腕を足を落としていく。草を刈るのと変わらない。
 いかな魔剣といえど、幼児がもてば単なる玩具だ。どんな道具も使い手と道具が一体になって初めてその力を発揮するのだ。
 魔剣の能力を最大限に発揮し、少女は戦場を制圧する。
「さあっ! 死にたくなければ道を開けなさいっ!」

 戦場を支配し、傍若無人に暴れまわって、少女はそう威圧した。
 斬られ、苦痛にうめく者たちの山ができる。
 彼らも、人垣の人間たちも、畏怖の眼差しで少女を見ていた。
 人間の少女だ。まちがいなく。
 だが、無数の魔族を切り倒すだけの力を持つ存在だ。

 魔王の妻である少女を知らない城の人間はいない。魔王は、だから彼女を妻にしたのかという、畏怖と納得の目線だった。
 人垣の奥に、あの男はいる。
 飛びこみたいのは山々だが―――そろそろ魔族たちも体勢を立て直す頃だ。

 後衛のコリュウやマーラ、ダルクはまだ部屋の中にいる。彼らのバックアップなしに、これだけの魔族たちと戦うのは無理だ。
 前衛の死亡原因の最たるものが、後衛を置き去りに突出することだ。その愚は犯せない。
 だから、少女は、魔王にそれを頼んだ。
「ぐあおうっ!」

 人垣の奥で、期待していた声が上がった。
 少女は敵を引き付ける。少女が囮になり、その間にパルの隠蔽魔法で姿を隠した魔王が、そういうシナリオだった。

「さあ~って。ずいぶんと、裏で活躍してくれたようだな、ジーン」
 片手で青年の首を高々と吊り上げて、魔王はにたりと笑う。だが、その顔はどこか苦い。
 魔王は、彼を信頼していたのだ。
 周囲の造反者たちは、おののきと恐怖の混ざった表情で魔王を見ている。

 だが、次の瞬間、その表情は劇的に変わる。
 ぽとりと、床に落ちた。
 魔王の、腕だった。


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Date:2015/10/30
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