「な……! き、きさま……!」
「ふ……ふふふふふ!」
美貌の青年は、眼前に一振りの剣をかざしてみせた。
魔王が驚愕の眼差しで見つめる。
青年の持つ剣。それは、『三振り目』に、間違いなかった。
「私がいつまでも弱いままだと思っていたあなたが愚かというもの! あの娘を取り逃がした事は計算外ですが……むしろせいせいしたというものですよ! あなたのような主人に仕えることが、どれほど苦痛であったことか!」
魔王は答えない。
切り落とされた右手の傷口を押さえ、睨みつけている。
「金、金、金! 世の中、金は力の一つですよ! つきつめれば、金があれば何でもできる! そう、莫大な金を積めば、あなた以上の力を得る事だって可能!」
青年の体から力の波動が迸る。
少女以上の―――、そして、今の魔王をも超える力。
どうして気づかなかったのか。魔族において力こそが魅力。金の力があったとはいえ、半分の魔族が寝返ったという事の意味を。
魔王は彼より強い、彼は弱い。そんなふうに、思い込んでいたからこそのマーラと魔王の会話だった。
それを遠目に見ていた少女はエルフの青年を振り返った。
「マーラ! 十秒後設定で私にありったけの回復魔法をかけてちょうだい!」
マーラは何か言いかけ、止める。
……言っても、聞きやしないのだ。
それは、彼女が彼女であるということと同じぐらい、わかりきったことだった。
せめても、マーラは竜に言う。
「コリュウ。行ってください。こっちは大丈夫ですから!」
竜族の生命力とドラゴンスケイルの防御力は、充分以上に前衛もつとまる。だが、コリュウの役目はぜい弱な後衛の護衛役だった。
しかしコリュウは一言も反論せず、少女の傍らに付き添う。
少女は駆ける。その傍らにはミニドラゴン。体勢を立て直した魔族たちが放つ攻撃呪文を、コリュウがブレスを吐いて相殺するか、体を張って止める。止めきれなかった分は少女に被弾するが、構わず駆けぬける。
ドラゴンスケイルの防御力は、
魔法障壁と比べても高い。
竜族は、魔力も生命力も防御力も強い。欠点などないような万能種族だ。ただし、ひとつだけ、欠点がある。
竜族は、生涯ただひとりしか子どもを作れないのだ。
竜族は長命だが、寿命はあるし、戦い、負けることも時にはある。そうして彼らはゆっくりと、だが着実に数を減らしていく。
遠い未来、滅亡が宿命づけられた種族。
それが、竜族だった。
後先考えぬ疾走によって少女はすんでのところで間に合った。
キンッ!
魔王の首を狩ろうとした魔剣を、少女の魔剣がはじき返す。
流れた剣は少女の肩をかすめ、肉をごっそりと奪っていったが、時間差を置いて発動した回復魔法が正面突破の傷もろとも抜群のタイミングでそれを癒した。
視線が交錯。
間合いをとり、睨みあう。
記憶にある通りの刃の美貌の青年は、両手に無数の装身具をつけていた。首元にも、何本もの首飾りが見えている。
少女は僅かな距離を置いて、対峙した。
「昨日のお礼をしなきゃね!」
「ふ……っ。こちらこそお礼を申し上げますよ。よくぞ、逃げずに来てくださいました。あなたを食べれば、私は間違いなく魔王を超える!」
少女は目をすがめる。
力の波動の正体は、容易に知れた。
青年のまとう衣、その無数の装身具、一つ一つに途方もない力が宿っている。
「……一体、いくら費やしたの」
「さあ……? 一国を丸ごと買って、なお、お釣りが来るほど、でしょうかね」
青年はにこやかに言う。
「まさか、装備品で力を増すのは卑怯だ、なんていいませんよね」
「もちろん。装備品もあわせて、冒険者の実力だもの。卑怯だなんて、敗者の負け惜しみのたわ言よ。そんなこと言わないわ」
少女自身、装備品は高級品だ。一式売れば、一生安楽に暮らせるほど。
青年は同意をうけて、やや意外そうに少女を見た後、にこりとする。
「魔王があなたを気に入ったわけが判りましたよ。安心してください。あなたのことは、隅々まで食べて、私の血肉にしてあげますから」
青年は、この会話を楽しんでいるようだ。周囲の人垣に命じて、攻撃させる気配はない。むしろ、手を振って、手出しするな、と命ずる。
「そう言う言葉は私に勝ってからにしなさい。同じ相手に二度負けたことはないの、わたしはっ!」
「はっ。負けるつもりで戦う相手など、この世にいませんよ?」
青年は少女の剣を見やる。
「まったく珍しい。魔剣が同じ場所に三本も集うとは、前代未聞でしょう」
「そうね。……金の力とは、恐ろしいものね。そんなものまで、手に入れられるなんて」
青年は心外だという顔を作る。
「それは不当な差別というものです。あなたは腕力や魔力は『正常な』力で、金は汚いとするのですか? それこそ偏見というもの。金は、弱者でも手に入れられる、最も平等な力です。ちがいますか?」
「……そうね。金銭は力。それも、どんなぜい弱な種族でも手に入れられる平等な力よね。それはあなたの言う通りだと思う。―――でも、あなたのその力は、彼らを踏みつけにして得たものでしょうっ!」
少女は認めない。
認められないのだ。
他人を犠牲にし、踏みつけにし、それで得た力というものを認められない。
金に汚い金も綺麗な金もなく、そうした区別をするならば、世の中はそういう金ばかりだ、ということを知っているぐらいには彼女は世界の闇を知っているのだが、それでも、認めることができないのだ。
認めたら、死ぬ。
クリス・エンブレードは死んでしまう。抜け殻と化した肉体は生き、ものを食べ、言葉をしゃべり、うろつきまわるだろう。だが、それは少女ではない。
その言い分を認めた瞬間に、少女は死ぬのだ。
愚直なまでの善性こそが、彼女だった。
「勇者、ですか……」
青年は口元に微笑を浮かべる。嘲笑を。
少女のその潔癖さの裏にあるものを知った彼にとっては、それ以上の感情はない。
「勇者どの。前々から、ひとつお尋ねしたかったんですがね、聞いていただけますか?」
少女は眉をひそめ、だが、何も言わない。
「勇者という人種について、つねづね、私は、非常に不思議でしてね。なんであなたたちは、人助けなんかしているんですか? いいように使われて、損するだけじゃないですか」
それは嫌味でもなく、皮肉でもなく、純粋な疑問形で発せられた。それは彼の、素の質問なのだろう。
少女は睨みつけるだけで、応えない。
数秒待ち、青年は微笑した。
「答えませんか。でしょうね。だから―――私は、あなたに、一つの問いかけをします」
青年は、魔王に剣を突き付ける。
「意味は判りますね。投降しなさい」
少女は吐き捨てた。
「馬鹿じゃないの? 投降したって二人とも殺されるだけでしょう。誰が従うと?」
「いいえ。投降すれば、あなたの命をとることはないですし、魔王の命も保障しましょう。それは、私の声を聞いた全員が証人です」
青年は周囲の人垣を指し示した。
「まあ、戦場の習いとして、あなたにはその体で戦士を慰める役を負ってもらうと思いますが、安いものでしょう? それで、人が助かるんですから」
少女は目をすがめ、心底からの軽蔑の眼差しで青年を見た。
「……感心するほど、最低な人ね。馬鹿にしないで! あなたたちが人との約束なんて守ったりしないことなど、よく知っているわ!」
少女は知っている。
食人を可とする魔族は、人を人と思っていない。当たり前だ。人だと思っていれば、食べることなどできるはずもない。
自分とは違うイキモノと思えばこそ、食べることができるのだ。
「いいよ、クリス!」
小さな声。耳元で、パルが囁く。
青年は少女との会話を楽しんで、そして、少女の方も青年と会話していたい事情があった。だから、お互いだらだらと会話が続いたのだ。
そして、いま、準備が整った。
魔王と、少女の姿がその場からかき消えた。
青年は驚愕に顔をゆがませ、四方を見やって険しい顔になる。
「転移……? いつの間に……」
青年は歯噛みした。
気配もなく、転移する魔法など、聞いたこともないが……あの少女は無数の異種族を仲間にしていた。そのうちのどれかの種族の秘術だろうか。
どんな種族も、自分たちの最大の武器は、隠しておくものだ。この領地が、ユニコーンを隠し持っていたように。
さっさと殺しておけば、と後悔したが、もう遅かった。
一方、その様子を三人は間近で見ていた。
転移したのではない。
隠れたのだ。
隠蔽魔法は小人族のお家芸。
準備に時間がかかるし、大変だが、三人を隠すことは不可能ではなかった。
戦闘能力を持たない小人族。
だが、彼らもまた、「一芸」をもつ種族だった。
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