暗く湿った道ゆきが終わり、彼らは外へ出た。
出た先は城から大分離れた森の中だ。鬱蒼と木々が茂り、地下から出てきた彼らの姿を覆い隠してくれる。
少女たちはほっとした顔になったが、魔王は一人、厳しい表情だった。
魔王は居住まいを正して、少女に向き直った。
「娘。いろいろと面倒をかけたな。先ほどは、命を助けられた。感謝する」
「え? え? ……え?」
「もちろん、お前とかわした例の約束は破棄だ。むしろ礼として幾ばくかの金銭を与えたいところだが、……今はこの状況だからな。許してくれ」
「え、ええ。それは、かまわない、けど?」
魔王は少女の手を取ると、その手に、小さな革袋を落とした。
「これは……」
「お前に報酬として約束した例の種だ」
少女は愕然とする。
その周囲の仲間たちも。
魔族の至宝を、こんな簡単に。
「お前が帰ってきたときのために、用意しておいたものだ。受け取れ。お前には、その権利が十分にある」
マーラがため息をついた。
「……ちがうでしょうに。あのとき、私たちの部屋を訪ねたのは、それが理由でしょう。彼女が生きて戻っても、よしんば戻らなくとも、それを渡してくれるつもりだったんですね」
魔王は顔をしかめた。
「おい。奥ゆかしさというものがないやつだな。何でもかんでもあばくな」
少女は、手のひらの種を見下ろした。
「持って行ってやれ。それで、助かる人間たちがいるんだろう? ―――さらばだ、クリス」
初めて、名乗った時以外初めて、魔王は少女の名を呼んだ。
そしてあっさり踵(きびす)を返す。
城の方角へ。
「―――あなたはどうするの?」
「聞かずともわかるだろうが」
なのに、魔王がここまで来たのは……もちろん、少女たちをこの争いから逃がすためだ。少女の性格からいって、ただ逃げろと言っても、聞かないとわかっていたから。
思わず、少女は引き止めていた。
「その……行かなくたっていいじゃない。なんなら私と一緒に来ればいいし」
魔王はその勧誘に、心底呆れた顔になった。
仲間たちは、すでにアキラメの表情である。
「世界でも例のない、魔王入りの勇者パーティか? お前、ほんとうに見境ないな」
「だから! その言い方やめてと言ってるでしょうが!」
魔王は真顔でまっすぐに少女を見つめた。
真剣な黒い瞳に見据えられて、軽い動揺。心に波紋ができる。
魔王はふっと笑って目を和ませる。
「おまえ……誰彼構わず、優しくするのは止めた方がいいぞ。特に男はな」
この一言に、内心深く頷いたもの、四名。
つまり、少女以外全員。
「俺様は、変わった人間が好きだ。見ていると飽きん。だから、これまで多くの変わった人間を見てきた。だから、お前を妻にしたのも、単なる気まぐれだった。―――だが、クリス。お前は、俺様の予想をはるかにこえて、超弩級に変わった女だった」
言葉を言葉通り受け取って、少女はムッとした顔になり、……マーラは額を押さえた。
どうして気づかないのか。
鈍い、鈍すぎる。
ダルクの気持ちにも気づいていないし、魔王の気持ちにも気づいていない。
最初は遊びだったけど本気になりました、それ以外どう聞こえるというのか!
「俺は、俺の玉座を取り戻しに行く。なに、正面からぶつかれば俺は負けん。俺の側について、反逆者たちと戦っている奴らもいるはずだ。そいつらを見捨てていくことはできん。これは、魔王である俺様の義務であり権利だ。そうだろう?」
「そ……う、だけど……」
反論できない。魔王は、王であり、それに伴う責任があった。
「さらばだ、クリス。助けてくれて、感謝する。だが、これ以上は、いらん。迷惑だ。神になったつもりのお節介は、ほどほどにするんだな」
魔王が今度こそ背を向ける。城へ向かうのだろう。正面から。王にふさわしく。
それを、言葉もなく見送った。
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