―――勇者は、なぜ人助けをするか?
あのとき、あの青年に問われた問い。
勇者とひとくくりにされるなどおこがましい、未熟者の自分にしか当てはまらないことだけれども、少女はこう答える。
―――自分を、助けるため。
少女たちは、種を城の近隣にいた仲間に預けた。
魔王は寛大で、一般人の彼らを拘束すらせずただ城外に放り出すだけにとどめた。
そして、城を追い出された後、彼らは仕方なくその周辺で寝泊まりしていたらしい。魔王城は急峻な山の頂上にぽこりと何かの間違いのように建っているので、その周辺は深い山林となっている。野営する場所には事欠かない。
人族「だけ」が寝泊まりするには厳しい環境だが、獣人族やら軟体種族やら果ては鉱物種族まで多種多様な種族が入り混じっている一行は、お互い助け合ってさほどの問題もなく日を過ごしていたようだ。
彼らは、自分たちに寛大な対処をしてくれた魔王に悪い感情は持っていない。
そのせいか、魔王城の内部で内紛がおこり、これから魔王を手助けに行く―――と聞いても、反対の声はさほどあがらなかった。
事情を聞いた、まとめ役の獣人は頷いた。
「へえっ! あの魔王さんが! わかった、頑張ってな。……できれば、行かないでほしいけど、それは聞いちゃくれないだろうからなあ」
少女は顔を陰らせた。こうして、心配してくれるのは、言葉だけの事ではないことを、先日教えられたばかりだ。
いつも、彼らに来てもらう訳ではない。冒険者ではない彼らには、彼らの生活がある。
勇者の魔王への挑戦。生存率が1%を切る危険な賭けに、彼女を心配し、仕事を休んだり店を一時的に閉めたりして、自主的についてきたのだ。
危険だから来るな、と言っても、ちっとも聞かずに……。
「ごめん、ね」
「いいってことさ。……俺たちは、あんたのその部分に助けられたからなあ。やめろたあ、言えないわな」
そういう彼の、ごつごつして、獣毛もびっしりと生えた手。
少女は、その手を両手で握り締め、額につけた。
「えっ! お、おい!」
皆、少女に助けられたという。
そんなことはないんだと。
それは違うんだと。
そう言いたい。何故なら、彼女が彼らを助けたのは、見返りを求めない、高尚な感情ではなかった。ハッキリ、見返りが欲しかった。ありがとうと、言われたかった。
それは彼女を肯定してくれる。身をさいなむ罪悪感という自己否定の毒を、やわらげてくれる。
人から感謝されたいから、人助けをする。……なんて浅ましい、自分勝手な動機だろう。
少女は、自分を救うために、彼らを助けたのだ。
……なのに、そんな自分の剥き出しのエゴで助けた彼らが、彼女を助けてくれる。
ただの、私欲で助けたのに───結果として、彼女を助けてくれる人の輪が、広がっていって、その輪が、彼女を助けてくれる。
―――いいように使われて、損するだけじゃないですか。
その問いかけは、珍しいものではなかった。これまで同様の質問をされたことは、ごまんとあった。むしろ、そう感じる人間の方が、普通で多数派だろう。
だけど、ちがうのだ。
人と人との関係は、計算ではない。人を助けることは、損ではないのだ。人を助けることで、得られるものがある。
損と損を足したら、答えは丸儲けだった。
施しのように一方的に見下しながら下げ渡す関係ではない。人を助けることで得られる救いが、あるのだ。
少女は、彼らを助けたが、そうすることで彼女自身が救われた。
人を助けることで、助けられた。
「……ごめんね。我がまま、言うけど、許してね……必ず、帰ってくるから」
寄せられた想い。それが、少女を強くする。
約束を残して去る後ろ姿を、彼らは見送った。
さほどの付き合いもない魔王、顔も見た事のないユニコーン。
命がけで彼らを助けに行く少女たちを、人は理解できないというだろう。
罵る人間もいるだろう。それも、少なくない数。
それらすべてを受け止め、それでも行く彼女を、人は、勇者と呼ぶ。
◆ ◆ ◆
城へたどり着くと、そこは戦場だった。
少女は顔を引き締める。
魔王は、その地位にふさわしく、堂々と正面から入って行ったらしい。
城門には盛大な爆炎魔法が炸裂した形跡があった。
魔王の力は、少女も知っている。
彼ら一行を一度叩きのめした相手だ。さっきは不意をつかれたが、今回は大丈夫かもしれない。
だが、―――「相性」の問題がある。
魔王は、強い。だが、その侍従は、彼の戦いをずっと近くで見ていたのだ。
対策は、しっかりと立てているだろう。
「……パル。城内の地図、ちょっと見せて」
小人族のパルは、侵入前、侵入後、欠かさず城内の様子をチェックして見取り図を作っていた。
問題は極小サイズということだが、それはまあ目を凝らせばなんとかなる。
ここからでも聞こえる騒乱の声。城内は騒然としている。あの魔王の事だ。盛大にやっているのだろう。
それに刺激され、魔王にまだ忠誠を誓う部下と、離反した部下との争いが城内のあちこちで起きているようだ。
目に見えない力が、少女の手足を押しとどめていた。
それは迷いであり、恐怖だ。
城へ入ったら命の保証はない。自分だけならともかく、仲間までそれは同じだ。
少女は仲間を振り返った。
「―――みんな。ごめん。あなたたちの命、私にちょうだい!」
仲間は、少女を見て、しっかりと頷く。
少女は、一歩を踏み出した。
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