城は、あちこちで小規模な戦闘が頻発している混乱のさなかだった。
少女は疾走しながら声を張り上げる。
「どきなさい! さもないと、死ぬわよ!」
その隣を飛ぶコリュウは息を吸い込み、火炎を吐きだす。その中を突っ切って、少女は行く。その後ろを、前もって炎抵抗を付けておいたダルクとマーラが追う。
機動力が最も高いのは空を飛べるコリュウだ。場合に応じて、背後にも廻って後続の敵に対して炎を吐きだす。
コリュウの手加減抜きの大火炎が後続の敵を遮断し、前方は手加減した炎と少女の剣が立ちふさがる敵を地に伏せていく。
ほどなく、彼らは一枚の扉の前に着いた。
あの日の再現のように。
玉座の間だった。
少女が扉をあける。
そこに立っていたのは―――美貌の青年だった。
少女を見て、眉を上げる。
「おやおやおや……予想はしていましたが、まさか、本当に来るとは」
何度もかぶりを振る。
「ほんとうに、理解しがたい人種ですね。勇者とは」
勇者。
その称号は、自然発生的に与えられる。おおむね冒険者に対してだが、一般の村民でも、他者に対して尽力すれば、与えられることがある。
特筆すべきは、その称号が与えられるのは、人族に限られるということだ。
恣意的なものではない。
他者のために身を削って尽くす行為を、他の種族はしないからである。
不思議なことに、人族だけが、そうした不条理な行いをするのだ。
マーラも、コリュウも、パルも、少女のために戦っているのであって、そうでなければこんなことをしようだなんて思わないだろう。
これまで、最も多くの種族を絶滅に追い込んだ種族であるにもかかわらず、人族だけが、それをするのだ。
美貌の青年は、余裕の表情で手を広げ、指し示した。
「ちょうど、代替わりが終わったところですよ。あなたが来るかもと思って、生かしておきました」
青年のすぐ隣には、「前」魔王が膝をついていた。……負けたらしい。険しい表情でこちらを睨んでいる。
「どうして、来た……!」
少女は答えない。
ただ、青年だけを見ていた。
「―――あなたが、今の魔王ね。なら。私は、あなたに挑戦するわ」
揺るぎない瞳が青年を見据えていた。
青年はわずかに調子を狂わされ、少女を見やる。
少女の瞳に浮かんでいたのが、憎悪や怒りなら、青年は理解できただろう。
青年は彼女を辱め、殺し、食べるつもりだった。その心の闇を暴き、嘲った。憎まれて当然、そういう認識がある。
―――だが、その瞳に浮かんでいたのは、純粋な闘志。
ひとりの戦士が強者へ挑戦する際の、戦意でしかなかった。
ここで死んでも、少女は誰をも恨まないだろう。弱いものが死ぬ。それが、戦場の理というものだ。
それを理解し、数知れない修羅場をくぐってきた戦士の顔だった。
少女は声を張り上げる。
「魔王協会統一法第一条において! 私はあなたに挑戦する! 魔王!」
古来より伝わる、挑戦者の口上。
魔王は、全ての者の挑戦を受け入れる。それが絶対の掟だ。
青年は眉をしかめる。魔王の地位に伴う義務を、彼は理解していなかったのだ。
玉座の間に、魔族の使い魔が現れる。
これで、結果は、全ての魔王に自動的に伝達される。虚偽は許されない。
「ふん……インチキメッキの勇者様が、偉そうに挑戦してくれるものですね」
「そうよ。私は勇者なんかじゃないわ」
青年の嫌味を、少女はかるく受け流して肯定する。
少女は、勇者などではない。
その称号を与えられてはいるが、自分が勇者だと思った事などない。
「私は、ただ、自分のやりたいようにやっている、それだけよ!」
その行為を、外側から見た者が、彼女に勝手な名を付けた。それだけだ。
「ふっ……一度無様に負けたあなたが、私に勝てるとでも?」
「今度は負けない」
少女は敗北について弁解することなく、力強く、断言した。
罠にかかろうが、どうしようが、負けは負け。それを否定するのは、戦いの理を知らない者の見苦しい行為でしかない。
魔王は笑う。莞爾として。
「いいでしょう。その自信を、完膚なきまでに叩き壊してさしあげましょう!」
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