先陣を切ったのは、勇者側だった。
少女は抜剣し、斬りかかった。青年も魔剣を抜いて応戦しようとする。
その瞬間マーラの声が響く。
「
神聖なる光!」
まずは魔剣の無効化!
少女は青年が驚愕して剣を引こうとしたのを許さず、剣を叩きつけた。
ぼきっ……!
天下無双の魔剣が、単なる鋼の剣によってあっさりと折れた。
「あ……ま、魔族の十二の魔剣が……っ!」
青年は、その美しい顔を見るも無残に歪める。
その動揺こそが好機!
力はあるだろう。だが、場数が少ない。数多の戦いをかいくぐってきた経験値がない!
心の動揺が死に直結するということを、彼は知らない!
少女は畳みかける。
「はあああ……っ!」
返す一刀が肩を割る、次の一刀が腕を切る、胸を切る、腹を撫で切る。魔法障壁に防がれて、どれも皮一枚の軽傷だが数が数。
身に着けていた装飾品の一つが、過負荷に耐えかねて爆発する。
その瞬間、魔法障壁が消滅した。
魔法で受け止めようにも、剣戟の連続攻撃が速すぎて、呪文詠唱が追いつかない!
少女の攻撃がまともに青年に命中する……が。
異様な手ごたえに少女は間合いを開けて飛び退った。
間髪いれずに放たれたダルクの援護魔法が現魔王の追撃を断ちきる。
「き……さま……」
少女は冷静に相手を見据える。
青年の体を斬った感触は、石を斬るようなものだった。恐らくは装身具の一つの効果。
厄介だ。
これからどういった効果をもつ防御がでてくるか、攻撃が出てくるか、まるで予想できない。
そんな超絶的な効力の装身具はごくたまに高ランクオークションに出てくるが、目の玉が飛び出るほど高い。一式売ったら一生遊んで暮らせる値の装備を身につけている少女から見て、そうなのだ。それが、体中にじゃらじゃらと。
一体どれほど金をかけたのやら……って一国を丸ごと買えるほどか。
目論見はうまくいった。魔剣は叩き折れた。
長年魔剣を使ってきたのだ、あの剣を敵にまわしたときの厄介さは良く知っている。
少女の防具もコリュウの鱗もマーラの障壁もほとんどものの役に立たない。もちろん使い手の腕にもよるが、少女が手にした時は竜族の強靭な鱗だろうが魔法のかかった防具だろうが石の柱だろうがバターと等しく両断した。
問題は、装備の問題がこちらにもある、ということだ。
少女の手の中の剣は、いくら切っても状態が変わらない魔剣ではない。仲間から借りた、普通の鋼の剣だ。今の一撃で、わずかに刃が欠けた感触があった。
衣服をずたずたに裂かれ、血を流す青年が壮絶な顔で少女を見やる。
その美しい顔も、少女の剣によっていくつも傷がついて血だらけだ。
ふと、どこで歪んでしまったのかと思う。これだけの美貌だ、力なく生まれても、もてはやす人間は多かったろうに―――いや、だからこそか。
戦場に関係のない思考をすぐに消す。
かれが、どんな人生を歩んでこうなったかは関係ない。かれが今、「こう」であることが問題なのだ。
「コリュウ!」
声かけひとつで意志を通じ、コリュウが少女の肩当てに爪をくいこませる。少女は頭上へ舞い上がった。
飛び降り、上空からの一刀。
「……チッ!」
落下加速度付きの一撃で、やっと少し肌に剣が食い込む程度。
なんて強靭な肌か!
青年が血まみれの顔でにたりと笑う。
魔剣ではない以上、少女の剣は攻撃すればするほど痛む。こんな肌に剣を突きたてれば、早晩、使い物にならなくなってしまう。いや、そもそも、文字通りの意味で、刃が立たない。
セオリーでは、魔法攻撃だが……それをしたくない事情があった。
「
魔力付与!」
マーラの声。
ほのかに剣の刀身が光る。
「
魔力付与!」
それに重ねて、ダルクの声が響く。
少女は目を見張る。補助魔法が全般的に苦手な魔族だが、ダルクは一生懸命努力して、そして、この魔法を使えるようになっていたのだ。この手の補助呪文は、同一の術者が多重掛けしても意味がない。マーラがダルクをしごいていたのは知っていたが―――。
少女は知らず知らず微笑みながら、魔王に斬りかかった。
同じ魔法の二重掛け。これなら―――。
ざくりという音。そして、鮮血。
―――よし! これなら斬れる!
青年は折れた剣を放り出す。折れた魔剣では少女の斬撃を受け止められない。少女の馬鹿力を残った刀身で受け止めても、更に細かく折れるだけだ。
魔剣の弱点。それは折れた時に予備武器がないということ!
青年がわずかに動いた。衣の影に隠れるように、ひそやかな仕草。放たれる視界を横切る物体。
少女は素早く動いて左手をのばし、叩き落とした。
パシュッ!
皮の手甲に深々と黒い穴があく。手を開閉するがその下の皮膚に損傷は……ない!
「ありがとう……っ」
少女は前を見たまま軽く頷く。
前衛の役目、それは後衛のための盾となること。
前衛が倒れたら後衛も死ぬ。後衛が死んだら前衛も遅かれ早かれ死ぬ。一蓮托生、その代わりに1+1が5にも6にもなる。それが、パーティだ。
少女は自分の役目を良く分かっていた。今回の主役は自分じゃない。自分の役目は、時間稼ぎだ。
少女の斬撃を青年は両手を交差させて受け止める。
斬撃の速度と回数、双方ともに少女が圧倒しているが内情は反対だ。
少女の剣はさほどもたない。繰り返し後衛のふたりがかけてくれる持続時間が極めて短い補助呪文も、かけては消え、かけては消えていく。早晩、魔力が絶える。
長引けばこちらがやられる。
しかしできる傷のことごとくが時間とともに少しずつ塞がっていく。
―――
自動回復がついた装身具までもか!
「あはははは!」
突然青年が天を仰いで哄笑した。
少女は眉をひそめる。
「知っていれば、対策を立てられる! そうは思いませんか、皆さん!」
「……」
「あの忌々しい小人が、今回もまた動いていたのでしょう? 知っている、知っているんですよ、私は!」
少女たちの顔に動揺が走る。
そう。
魔法攻撃を控えていたのも、それが理由だ。
小さな体で忍び寄るパルが、もしその魔法を受けたら一たまりもないからだ。
もっとも、小人の目的地は動きまわる青年ではない。少女と青年が激しく切り結ぶ所に近づくなど巨獣が暴れまわるところに乱入するようなもので、自殺行為だ。パルに託したのは、これまで少女が一顧だにしなかった、あの相手だった。
「あなたがたにあの忌々しい小人がいることはわかっていましたからね。ちゃあんと、対策はしておいたんですよ」
顔を焼かれた時、彼はそれをした相手をしっかりと見ていた。小人族。あの迷宮に無条件で入れる唯一の種族にして、あの迷宮の作成者でもある種。
―――知っていれば、対策は立てられる。
青年は、指にはめた指輪の一つを指し示した。
「これは、真実の瞳という、ありとあらゆる隠蔽魔法を無効化する道具です。ま、無効化しても小人は小さいんで、発見に時間はかかりましたけどね。やっと見つけました」
青年は何かをつまみあげた形の手を伸ばし、少女らに指し示す。
何も見えない空間に、急速に色が付き始める。
青年に捕まっていたのは、―――もちろんパルだった。
「パル!」
「ふ……ふふふ。勇者殿は、仲間をひとりずつ失っていくとき、どんな表情をするんでしょうか。楽しみですねえ……!」
青年は、拳を握った。
それだけの動作。
だが、小人を殺すには、十分すぎるものだった。
「パル―――――――――ッ!」
青年が拳を開き、パルが落ちる。血の赤い糸を引いて。
そして、その近くにいた前魔王が、咄嗟にそれに手を差し伸べる。
落下する小人族に、前魔王の手が届き、そして、少女を一瞬見て、かぶりをふる。少女は、絶望に叩き落とされた。
「あ―――っはははははは!」
青年は全ての表情をあますところなく見た。その悦楽に哄笑する。
哄笑が、止まる。
「……え?」
青年は、信じられないように、自分の体から生える杭を眺めた。
そして、それを放った人物を見る。自分が魔力を吸い取って瀕死にまで追いやり、とても魔法など使えないはずの、前魔王を。
その隙に、前魔王は動きを止めた青年に手を伸ばし、装身具をむしり取った。
首飾りをまとめて掴んで剥ぎとり、指環という指輪をすべて一緒くたに指からそぎ落とす。
装備解除にかかった時間は、ほんの数秒。
全ての装備品が床に投げ出されると、そこにいるのは、ただの、死にかけの魔族の青年だった。
「お前の負けだ。ジーン」
淡々と、前魔王は告げる。
「どう、し、て……」
「小人が、俺に、一滴の水を届けてくれた」
前魔王は顔を歪めて吐き捨てる。
「ユニコーンの角から作った、奇跡の水だ」
小人でも一滴なら持ち運べる。普通の薬なら一滴では効果がないが、『奇跡の水』なら話は違う。全回復とはさすがにいかないが、半回復ぐらいの効果はあった。
注意を引かないため、少女は前魔王を故意に無視していた。その隙に小人が部屋の隅を通って前魔王に薬を届け、回復させる。そういう予定だった。
しかし、前回パルの一撃で顔を焼かれた相手に「対策」を立てられていて、隠蔽魔法を見破られて途中で捕まってしまった。そこまでは少女たちにとって最悪の流れだ。
だが、青年は油断した。
握りつぶした小人が落下し、前魔王が受け止めるのを許した。そして、受け止めたとき、薬の譲渡が行われたのだ。
「で、ですが、あの小人は……」
「死んじゃいない。お前は、殺したと思っただろうがな」
少女は知らなかったが、前魔王はパルにひとつの贈り物をしていた。
どんな攻撃も一度だけ防ぐ、防御魔法。それが、パルの身を守った。
青年は、皮一枚とはいえ体中斬り裂かれて血まみれだ。パルの体についていた血は、青年自身のものだ。
「―――あとは、お前の油断した隙を突けばよかった」
前魔王は、魔力すべてを根こそぎ奪われた後、瀕死の状態まで追い込まれた。
全回復魔法を操る彼への、適切な対処である。力の差ではない。「相性」の問題だった。
青年が前魔王の力を知り、前魔王が青年にどんな力があるかを知らなかった時点で、勝負は決まっていた。
───その時か、少女が現れた時にでも、さっさと殺しておけばよかったのだ。
それを、状況判断の甘さと、彼の目の前で少女を殺す誘惑に勝てなかった。
何もかも、彼の失策はこの一言に尽きる。
戦闘経験値のなさ。
敵の前で弱みを見せるな、敵の止めは確実に刺せ、敵に余裕を見せるな。
……さもないと、こうして、隙を突かれて殺されるのだ。
「力は確かにあった。だが……実戦経験がない、お前の、負けだ」
圧倒的高所から、下の者をなぶる戦いしかしたことがなかった青年は、戦いの厳しさを知らなかった。
そんな青年を見下ろし、前魔王は言う。
「―――心を入れ替え、俺に仕えるか?」
さすがに、少女らも驚倒した。
驚き倒している少女らを無視して、前魔王は言葉を続ける。
「誓うのなら、お前を助けてやる。……お前の淹れる茶はうまい」
前魔王は、魔族では珍しく全回復呪文をも操る。
数秒の沈黙が流れる。
青年は顔を上げ、前魔王を睨みつける。
「……じょうだん、じゃ、ありません、ね! だれが、あなたになど……っ!」
それが、最期の言葉となった。
青年は憎しみの眼差しとともに、命を手放す。
前魔王は、その身体をそっと受けとめ、床に下ろした。
その顔は、寂しげだった。
「……こいつの、どこまでが演技で、どこからが本心かは知らんがな。こいつは、侍従としては、いい侍従だった……」
少女は庶民なので侍従という存在を知らないが、想像することはできる。
主人の身の回りの雑事すべてを行う存在。
朝起こし、お茶を入れ、主人の身だしなみを整え、寝台を整え、主人の影で主人が居心地いいようにする存在。
そんな身近な存在に、情が移るのは……仕方ないだろう。
少女は、侍従としての彼を知らない。
知っているのは、憎むべき敵としての彼だけだ。
だが、人はいろいろな顔を持つ。
いい侍従として、魔王に仕えた顔も、あったのだ。
「さて、と」
前魔王は振り返り、天井の隅で控える使い魔に向かって叫んだ。
「とどめをさしたのは俺だ! よって俺様が魔王だ!」
「―――他の者も、それで、いい、か?」
使い魔がしゃべり、それに驚きながら少女は頷く。
「了解、した」
使い魔は姿を消す。
そして、魔王は少女に向き直った。
「……どうして戻ってきたんだ」
少女は呆れて言い返す。
「来なければ殺されていた人の言葉じゃないわよ」
「それは、まあ、そうだが……しかし」
ぶつぶつと口の中で何か言っている魔王を無視して、少女は剣を拭き、鞘におさめる。
「さ! 城内の混乱をおさめないとね。魔王さま?」
魔王は何か言いかけ、そして、諦めたように肩を落とした。
少女が遠慮のカケラもなくヘシ折った剣は、日本で言うなら草薙の剣ぐらいの価値がある剣です。はい、国宝でかつ三種の神器でかつ、現代で唯一実在する伝説の剣の、あれです。
それが持ち出され、ヘシ折られたところを想像していただければ、カレが受けた衝撃も想像してもらえるかと。
→ BACK→ NEXT
- 関連記事
-
スポンサーサイト
Information
Comment:0