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あかね雲

□ 勇者が魔王に負けまして。 □

1-27 大地の勇者


 悪者を倒しました、メデタシメデタシ、になればいいのだが、現実はなかなかそうはいかない。
 通行印を青年から奪い返し、ユニコーンの生息地に赴いた少女らが見たのは、怯えた顔でこちらを見つめる彼らの姿だった。

 人の姿をしているが、擬態だ。ユニコーンは獣人族の一種で、人の姿をとれるのだ。
 おずおずと、一人の青年が言う。
「あ、あの、ジーン、さまは……?」
「死んだ」

 その瞬間、彼らの顔に浮かんだ喜色は、何より雄弁に彼の所業を物語っていた。

 人の死を喜べる現実がそこにあった。
 その死を無条件で祝える、それほどまでに憎まれ疎まれることを、彼は負担に感じなかったのだろうか?

 二三のやり取りの後、ユニコーンたちを安心させ、その生活に必要な品々を届けた後、少女らは静かに魔王城から旅立った。

 深い闇に包まれた深夜、城の窓から抜け出す。険しい山のてっぺんにある城だが、マーラの魔法と、コリュウの翼ならなんという苦労もなかった。
 魔法の光を灯火に、闇に包まれた山道を歩きながら、マーラが少女に尋ねる。
「―――いいんですか?」

「なにが?」
「なにがって、その……」
「報酬はあの種でじゅうぶんよ。あれ以上もらったら罰があたるわ。……探索前に奇跡の水とか、いろいろもらったしね」

 奇跡の水だけで、お釣りが来る。
「内乱の処理でしばらく城内はたいへんでしょ。祝賀会とかで無駄に体力使わせることもないわよ。私たちみたいな人間は、恩着せがましく逗留されるより、さっさと消えてくれた方がありがたいってもんでしょ」

 それは、彼女の経験則だったが……マーラは疑問の声を出した。
「あの、魔王殿は、あなたに、真面目な話があると思いますよ?」
「真面目な話? なにそれ?」

 マーラはため息をついた。ダルクの胸ポケットにいるパルも。ダルクは遠い空を見上げ、コリュウですら何やら含みのある目で少女を見た。
「え? え? え? なに、みんな?」
「……いえ、いいですけどね……」

「俺様はちっとも良くないぞ」

 一同は振り返った。
 そこには、城を背景に佇む魔王の姿があった。目は吊りあがり、とても不機嫌そうだ。
「なんでこそこそと出ていこうとする? お前たちは俺様の恩人だ。国をあげての歓待を予定していたのに」

 少女は肩をすくめてみせた。
「そういうの、あんまり好きじゃないの」
「報酬だってまだ支払っていない」
「あの種と、奇跡の水でお釣りがくるわよ。……でも、気にしてくれたのね、ありがと」
 少女は笑ってお礼を言う。

 この魔王に対しては、悪感情は持っていない。むしろ好意を感じている。
 勝者だというのに仲間たちを傷つけたりしなかったし、少女自身も嫌な事をされた記憶がない。
 だから、含みのない笑顔でなごやかにお礼を言ったのだが……魔王は複雑な顔になった。

 二三秒、天を仰いで何やら考えていたかと思うと、向き直って、言った。
「お前が好きだ。結婚してくれ」

 しん、と辺りが一瞬で静まり返った。
 ―――いかに、超弩級に鈍い少女だとしても、ここまで直球の告白は間違いようもなかった。

 マーラは口笛を吹き、ダルクの肩をぽんとひとつ。パルは目を丸くし、コリュウは心配そうに隣の少女を見つめる。
 少女は顔をひきつらせ、しばらく凝固していたが、蘇生すると見苦しく逃げを打った。
「え、あ、う、そ、そのー、誰かと間違ってない?」
「お前と間違うようなとんでもなく変な女がこの世にいると思うのか」
「こ、この世に、ってのはひどいじゃない! 世界中探せばきっといるわよ!」
「いいや、いるはずがない。お前は、お前だ。おまえひとりだ。世界中探しても、俺の心を捕えたお前はひとりしかいない。我が名はオーバルナイト・エデン。クリス・エンブレードに、結婚を申し込む」

 名前を告げたうえの、正式な求婚。
 魔王は、名前で呼ばれる事はほとんどない。隠されているわけではないが、至高の身分なので、名前を呼ぶ事をはばかる慣習があるのだ。
 逆に言えば、名前を名乗るということは、それだけ重大な行事に限られる。
 たとえば求婚とか。

 逃げ場がなくなり、少女はうーうーとうろたえた後―――向き直って頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……まあ、そうだろうな」
 魔王は意外にも物分かりよく、ため息をついて引き下がった。
「豪華な暮らしで懐柔されるお前ではあるまいし、権力にも興味はあるまい。だから、一つだけ約束してくれ」

「……なに?」
「生きてくれ。今回の事だけで、お前は何度死にかけたか判らん。どうせ、今後も同じような生活をするんだろう。……本当は、引退してくれと言いたいんだがな。聞くおまえではないし……」
 少女は身が縮む思いだった。
 たった数日の付き合いなのに、少女の事をよく把握しているらしい魔王の言葉がいちいち痛い。

「お前には二度までも命を救われた。今後、何かあったら遠慮なく俺を、この国を頼るがいい。全力で力を貸そう、『大地の勇者』」
 大地の勇者。少女はそう呼ばれている。

 大地は、あまねく種族を育む。どんな種族も拒絶せず、その懐で育てている。
 少女は、どんな種族も分け隔てしない。そこから捧げられた称号だった。
 少女はじんわりと微笑む。
 人から、感謝されるのはいつだって気持ちがいい。

 ありがとう、という気持ちが心に届いて、心をほっこりと暖かくする。
「……ありがとう」
「お前が、中年になっても、老婆になっても、その約束は有効だ、いつでも訪ねてくるといい。人間はくるくるとせわしなく年をとる生き物だが、お前がどのように年を重ねたのか、ぜひ見たい」
「で、でも、そんな年になったら、私だってわからないかもよ?」
 魔王はくっと笑いだした。

「俺はこれで百年以上生きているがな。お前のような人間は初めて見た。そして、この先百年がすぎてもお前のような女は現れないだろうさ。心配せずとも大丈夫だ。お前のようなヘンな女、一体だれが忘れるものか」
 この言い草にさすがに少女は腹を立てたが―――隣を見て愕然とした。
 あろうことか、仲間たちが全員頷いているではないか!

「もうっ! みんなまでっ!」
「いえ、だって……ねえ?」
 マーラが含み笑いをしながらダルクに話を振れば、ダルクも笑いを噛み殺しながら頷く。
「ああ、まったく本人に自覚がないってのは困りものだな」
「お前さんみたいなの、俺っちだって見たことないぜ。ほんと変わってる」
「クリス、大好き!」
「―――ふん。いいもんいいもん、私の味方はコリュウだけだもん」
 少女はいじけた。

 肩にとまるコリュウに手を伸ばし、抱きしめて顔を埋める。
「まあまあ。そう拗ねないで」
 その和気あいあいとした様子に笑みを誘われ、魔王はふっと笑う。

「クリス・エンブレード。大地の勇者。俺は生涯お前の事を忘れないと約束しよう。
お前は、見事な女だった」


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Date:2015/10/31
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