一人の剣士に一匹の竜、二人の魔術師に一人の小人は、夜の道を歩いていた。
先頭は肩に竜を乗せた少女で、その少し後ろを三人が続く。小人のパルは、ダルクの胸ポケットだ。
「いや、いい男ぶりでしたねー。ダルク、あなたも見習わないと駄目ですよ」
「そうだよあんちゃん。いつまで指くわえて見てんだよ。あの魔王陛下があんなヘンな御仁でなけりゃ、どうなってたと思う?」
二人の肴になっているのは、もちろん、一行のリーダーたる少女にちっとも報われない想いを抱いている魔族の青年である。
「もっとこう、ぱしっと言わなきゃだめだって。あの魔王さんみたいによ」
「まったくです。婉曲に言ってあの子が理解できるはずないじゃないですか」
「ストレートによ、今夜の宿ででも突撃しちまえよ。あの魔王さんみたいに、好きだ、今夜は一緒にすごしたい……とかよ!」
「―――お前ら黙れ」
最高に不機嫌な声が響き渡り、二人は口をつぐむ。
……いや、わかっているのだ。ダルクだって。
あの魔王があんな魔王でなければ、負けた時点で殺されるか慰みもの。よしんばそれを回避しても、取引を受けたその晩が初夜の床……ってことは!
だが、なあ。
前を向けば、コリュウと仲良く楽しそうに歩く少女がいる。
まったく不思議なことだが、ダルクは少女のために命を捨てるのは怖くない。たぶん、マーラもパルもコリュウも同じだろう。
なのに、少女に気持ちを告げるのは、怖くて二の足を踏んでしまうのだ。
……あの魔王のように、真正面から言わなければ超鈍少女には伝わらない。
それは、わかっているのだが……。
ダルクはため息をついて、空を仰いだ。
月が綺麗だった。
<あとがき>
お付き合いいただき、ありがとうございました。
杉浦明日美(すぎうらあすみ)と申します。
長いお話にお付き合いいただき、ありがとうございます。
このお話は、四百字詰め原稿用紙にして、約250枚。
文庫本一冊分ほどになります。
「長さを感じさせず、読みやすく、ギャグで明るく、でもテーマはしっかりあって、読後感爽やか」を目標に書きました。
ほぼその通りにできたと思うのですが、いかがでしょうか。
この作品を書いたきっかけは、「人助けは損」という考え方が、最近浸透している事に悲しみをおぼえたからです。
その一因に、「善行によって損をさせられる人」「善行する人をよってたかって食い物にする人」の存在があります。
その事は作中にも何度も書きました。
助けられて、感謝する人ばかりではありません。
世の中には、そういう人を「餌」として、むしろうとしてくる図々しい人が、確かに存在するのです。(そんな悪い人いないなんて言う人。そのピュアな心はとっても素敵だとは思うんですが、警戒心足りなすぎです。用心しなきゃ駄目ですよ)。
でもね、それでも……。
ふと立ち止まり、自分の人生の軌跡を振り返ったとき、誰かの親切に助けられたこと、そんな記憶はありませんか?
一つ一つは、とても些細なことです。
たとえば、私がひろーい東京駅の構内で、迷いに迷って、半泣きになっていたとき。
道を聞いた人は親切に教えてくれました。
私が、なんとクレジットカードを落としてしまったとき(ド馬鹿)。
それを悪用もせず、落し物カウンターに届けてくれた人がいました(おかげで被害額はゼロでした)。
ひとつひとつは小さいことですが、その中には、「人に親切にしよう」という美徳が脈々と息づいています。
そういう日本の風土を、私はとても素敵だな、好きだな、と思っているのです。
そして、一方、「人助けは損」って考え方が広まっている事に、とても悲しいものを感じて、これを書きました。
楽しんでいただけたなら、私としてもこれ以上嬉しいことはありません。
さて、作中書けなかったちょっとした裏話を暴露します。
・主人公の少女が最初に魔王と食事をしたとき。
あそこで豚の丸焼きを出したのは、魔王の配慮だったりします。
豚の丸焼きって、見たことある人ならわかると思いますが、はっきり豚! の外見なんですよね。
少女は、「公然の秘密」として、魔族の貴族が人間食べているのを知っているので、魔王の食卓に食材として人間が使われているんじゃないかと疑っていました。そして、出てきたらどーしよー、と困っていました。
常日頃ならともかく、捕虜の身で、取引して仲間の命の担保となっている身ですからねえ……。
ナニが出てきても、しょうがない、食べなきゃー(涙!)という心理だったのです。
そして、魔王の方も、なんせ公然の秘密です。少女がそういう懸念を抱いている事に気づいていました。そして、その懸念がいらないメニューにしたのです。普通の料理なら、調理済みの肉を見て、種類なんてわかりませんから。
魔王さまのちょっとした気遣いだったのでした。
ちょっとした裏話そのに。
・魔王さまは当初はとっとと襲ってしまう予定だったのですが、初日にこっそり侵入してきた少女の仲間から、少女がまだ清い身であることを聞き、ぴーん。
あの迷宮に行かせることを思いつきます。
人族の、しかも戦利品である少女です。魔族の民と違い、魔王さまが責任を持つべき相手ではないのです。死んだところでなにも問題なし。また、腕前もじゅうぶん。
でも、どう言おうかなー、強制したところで、その迷宮には少女しか行けないしなー、行ってやっぱりやーめた、になったら何の役にも立たないし、自発的に行ってもらうにはどうすればいいかなーと迷っていると、少女にもののずばり、「何か依頼したいことがあるんじゃないの?」と図星を突かれたのでした。
この後のお話も非常に長くあります。
さほどお待たせせずにお見せできるかと思います。よろしくお願いします。
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